東京感動線

イメージと色を結びつけ
その先へとうながす
色先案内人
031

この記事をシェア

お気に入りに追加する

inkstand by kakimori

まち
Scroll

カキモリとは“書き人”のこと

「私の気持ちは、いろいろな色が混ざりあってできている」
「あなたの青と私の青は、ちょっとずつ違うから」
「自分の色を見つけることは、むずかしくて、むずかしくて、とてもたのしい」

整然と並ぶガラス瓶のあいだに散りばめられた、温度をもつ言葉が、訪れる人をそっと揺さぶる。

「inkstand by kakimori(以下、インクスタンド)」は、インクを調合して自分だけの色を作ることができる筆記具用のオーダーインク専門店。
ものづくりの町・蔵前で人気の文具店「カキモリ」の姉妹店として、同じく蔵前にオープンしたのは5年前。

いまや、世界各国から“自分の色”を求める人たちがやって来る。
ちなみに、カキモリの“モリ”は防人(さきもり)の“モリ”と同じ。
漢字にすると“書き人”となる。


【最初の写真】
白と黒を基調とした店内には、万年筆のほかにインクを充填できるボールペンなども並ぶ。

【写真2】インクはすべてターナー色彩(株)と共同開発したオリジナルの水性顔料。耐水性、耐光性に優れ、退色しづらいのも特徴。
 
 
 
 
 
 

「この色とこの色の間の色がほしい」そんな要望に応えたい

「もともと、カキモリでは既製のインクしか扱っていなかったんです。でも『この色とこの色の間の色がほしい』という声にもお応えしたくて。自分たちで色を作れたらいいねっていう話から、2014年にカキモリの姉妹店としてインクスタンドを立ち上げることになりました」

そう語るのはインクスタンドの店長・菅原香織さん。
客として訪れたカキモリで、温かな接客や店そのものが地域と一体化している空気に魅了されたという。

「カキモリをオープンするにあたって、今の代表が蔵前を選んだのは、ここがものづくりの町、職人の町だからだそうです。カキモリで扱っているオーダーノートの部材加工はほとんど近隣の職人さんにお願いしているんですよ。近くのお店のスタッフ同士が親しいのも蔵前ならでは。このあたりには下町の良さが残っていますね」


【写真3】自分で調合する「SELF」は要予約、スタッフに調合してもらう「WITH」は予約不要。ともに2,700円で33mlのボトル1本分(30〜40回繰り返し充填して使える量)のインクをつくれる。色のレシピは2年間保管されるので、同じ色のリピートオーダーも可能。
 
 
 
 
 
 

インクにして残したい
海の色、瞳の色

インクのオーダー方法は「WITH」と「SELF」の2種類。

「WITH」は、色のイメージをスタッフに伝えて調合してもらうコース。

「旅先の海の色、好きな俳優さんの瞳の色、大切なペットの毛並みの色……。お客さまが再現したい色は、その方が大好きなものであることが多いですね。色のイメージを伝えるために写真を持ってくる方もいらっしゃいます。赤をつくりに来た編集者もいらっしゃいました。強い赤で校正すると相手を傷つけてしまうから柔らかい赤がほしい、ということで」

一人ひとりのストーリーを “色”というカタチにしていく作業は、正解がないだけに難しい。

「オーダーされた色をある程度正確に再現することはできるんです。でも、再現するだけなら、誰でもできるんじゃないかな、と思って。ご希望の色をピンポイントで作ったら、そこに少し他の色を足してみていくつか提案するようにしています。『この色がほしいと思っていたけれど、もっといい色に出会えた』って思ってもらえたらうれしいですね」


【写真4】「SELF」でインクを作るときに使うワークショップスペース。とくに週末は混むので、2週間ほど前に予約するのが無難。
 
 
 
 
 
 

好きな色を見つけることは、
自分を発見すること

「SELF」は、自分でインクを混ぜ合わせながら好きな色を見つける45分間のワークショップ形式。
その時間を菅原さんは「色と向き合う45分」と呼ぶ。

「色に浸る空間って、日常にはなかなかありませんよね。その中で、自分の思い描いている色を再現したり、自分はこんな色が好きなのかと気付いたりすることは、新たな自分を発見することにつながります。書いたものは誰かの目に触れることが前提ですから、自分の色をつくることは自己表現である、と言うこともできますね」

【写真5】菅原さんの仕事着は黒いジャケット。「色を邪魔しないように、いつも黒です。私たちはお客さまが色を見つけるお手伝いをする“黒子”だという意味もあるんです」
 
 
 
 
 
 

色の贈りもので
贈る人も受け取る人も幸せに

インクスタンドには、誰かに贈るための色をつくる人も訪れる。
その場合は、相手が好んで使っているものの色などを聞き出し、そこからイメージを膨らませていくという。

「実は私自身も、友だちの赤ちゃんが生まれたときに、色をプレゼントしたことがあるんです。赤ちゃんの名前が“果帆”だったので、果実みたいなピンクをベースにして、お父さんとお母さんのイメージを足していきました。あのときはなんだか、新しい命の名づけに加わったみたいな気持ちになりましたね」

菅原さんの笑顔からは、色のプレゼントが贈る人にとっても、受け取る人にとっても幸せなものであることが伝わってくる。


【写真6】(cap)調合済みインクの量り売りも可能。色はその時々の限定カラー5色。店内で購入するインクは、すべて手持ちの万年筆でも使うことができる。
 
 
 
 
 
 

自分の手で書くことが、
日常を豊かにする

いまや、手書きの機会は非常に少ない。万年筆を持ち歩いてインクにまでこだわることには、ハードルの高さを感じる人も多いだろう。

「何でも手で書くべきだとか、インクはオーダーで作るべきだとか、そんなことはまったく思っていません。ただ、いつもならメールで伝える言葉も、手書きだと丁寧さとか温かみが少し加わりますよね。それが自分だけの色で書かれたものなら、もっといいなあって。手書きをする機会が少ない方にこそ、その喜びに気付いてもらえたらうれしいです。思いを込めたいときに自分の色で書いてみるだけで、日常はほんの少し豊かになりますから」

インクスタンドのコンセプトは「色をつくる、出会う、」
最後は「。」ではなく「、」で終わっている。

「色をつくると、新しい色や新しい自分と出会うことができます。でもそこで終わりではなくて、その色を使うことでその先につながっていくといいな、と思うんです。その先に何があるのか、それはあなた次第です、ということで、“出会う”の先はあえて空白にしてあります」
 
 

アクセス

所在地:東京都台東区蔵前4-20-12 クラマエビル1F
Tel:050-1744-8547
営業時間:11:00〜19:00
定休日:月曜(祝祭日の場合はオープン)

https://inkstand.jp