発酵デザイナー
小倉ヒラク(おぐら・ひらく)さん

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発酵とは、目には見えない微生物が有機物を分解し、人間にとって有用な物質をつくり出すこと。
「発酵の世界はとにかくおもしろい。目には見えないものの力が働いて、その結果、人間に役立つものができる。そこでの人間のプレゼンス(存在感)はとっても低い。環境、植物、動物など人間以外のものとのコミュニケーションが求められる世界です」
発酵の世界観についてそう語る小倉ヒラクさんはもともと、アートディレクターだった。
「20代で独立後、生意気だったこともあって(笑)、仕事がまったくありませんでした。でもあるとき、知り合いから、秋田の米農家のおばちゃんが困っているから話を聞いてあげてと言われて。田んぼに一緒に入ったり、お茶を飲んだりしながら話を聞いて、解決策を提案したんです。そうしたら、そのおばちゃんの知り合いから知り合いへとどんどん広がって、仕事の依頼が次々に来るようになりました。気づけば、地方でばかり仕事をしている状態に。期せずして、ソーシャルデザインに携わるようになりました」
そうして足しげく地方に足を運ぶ中で出合ったのが発酵文化。
「そもそも日本は、漬け物だけで3000種類以上あるくらい、発酵食品が多い。特に地方では、発酵文化がより強く根づいています。それぞれの発酵食品は、その土地だからこそ生まれたもので、ずっと受け継がれてきたもの。そこを掘り下げると、その土地のユニークさやルーツが見えてきます」
2019年には、47都道府県のローカル発酵食品を通して、日本の地方文化の多様性をひも解き、日本の個性を再発見する「発酵ツーリズム展」を開催。約5万人が来場した。
「来場者の年代や国籍はさまざま。発酵のビギナーもいればハードコアなマニアもいたし、まちづくりに関わる人、自治体や食品会社から視察で来た人もいました。発酵文化はそれくらい多面的。食はもちろんですが、地域文化、バイオテクノロジー、観光プログラムなどいろいろなレイヤーがあって、それぞれでおもしろさを発見できる懐の深さがあります」
小倉さんは、発酵デザイナーの仕事を“目に見えない微生物の世界を、デザインを通して見えるようにすること”と定義する。
言い替えれば、微生物の世界と人間をつなぐコミュニケーターであり、「そのおもしろさをすべての人に伝えたい」と小倉さんは言う。そうして目指すのは“生態系と人の営みが調和した社会”。
「人間は、地球上に存在する多様な生態系のひとつのパーツに過ぎず、世の中は、目に見えないものを含めて、あらゆるものとのコミュニケーションの積み上げでできています。テクノロジーによって、言語、距離、身体など、コミュニケーションにおけるさまざまなフリクション(障害)がなくなりつつありますが、僕は、なくなればなくなるほどつまらなくなると思っています。そう考えたとき、人間のプレゼンスが低い発酵は、フリクションに満ちた世界です。だからこそおもしろい。そして多面的ゆえ、すべての人がシェアできる文化だと思っています」
日本人の生活に根ざしていながら、身近過ぎて見落としがちな発酵文化。
自分ならではの目線で、微生物とのコミュニケーションを楽しみ、立場の違う人たちと境界を超えてつながれば、いままでにない世界が見えてくる。
そしてそこから生まれるものが文化となり、時代を超えてつながっていく。
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小倉さんが2020年、東京・下北沢に開業した発酵食品専門店「発酵デパートメント」。発酵料理に特化したカフェレストランを併設する