東北6県の未知なる魅力を学ぶ時間 東北歴史文化講座

日本の歴史、文化史において独特の発展を遂げてきた東北にこそ、未知なるおもしろさに満ちたこの国の魅力が詰まっているのではないか—。「東北歴史文化講座」は、東北エリアの「歴史」「文化」を独自性のあるテーマで掘り下げ、多角的な視点から捉えることで、知られざる日本を再発見。2019年、東北のさらに奥を知る、新たな好奇心の扉が開きます。

講座の舞台を旅する

会津戦争の軌跡をめぐる

講座の舞台となった福島県の地図
母成峠

母成峠(ぼなりとうげ)

戊辰戦争で大局面を迎えた戦いの地。新政府軍は中山峠から侵攻すると考えた会津藩だが、裏をかかれ母成峠から侵攻、突破され、会津若松城へと進撃された。当時の遺構が数多く残ることで知られ、塹壕や防塁が見られる。

  • 住所/耶麻郡猪苗代町蚕養
  • 交通/JR「猪苗代駅」よりバスで「中の沢温泉」下車、徒歩約1時間30分
  • 電話/0242-62-2048(猪苗代観光協会)
  • ホームページ/ふくしまの旅 
長さ430mの陣地跡は、会津藩が300人を動員して造らせたもの。山を回り込まれ背後から攻められたために陥落したのです。戦死した32人の農民兵は藩の戦死者名簿には載せられていません。
猪苗代城(亀ヶ城)

猪苗代城(亀ヶ城)

建久2(1191)年、時の支配者・猪苗代経連が築城した会津藩唯一の支城。母成峠の戦いを受け、城代の高橋権太夫は土津(はにつ)神社とともに城に火を放った。現在は公園として整備され、枡形虎口や穴太積みの石垣が残る。

  • 住所/耶麻郡猪苗代町古城町
  • 交通/JR「猪苗代駅」よりバスで「亀ヶ城入口」下車、徒歩約10分
  • 電話/0242-62-2048(猪苗代観光協会)
  • ホームページ/猪苗代町 
自ら城に火を放ったのは、兵が50人ほどしかいなかったから。新選組の土方歳三や斎藤一もいたといわれています。共に県指定史跡となった鶴峰城は私が発見した山城です。
旧滝沢本陣

旧滝沢本陣

参勤交代時などの藩主や大名の休息場所だった旧家に、戊辰戦争の際、松平容保が大本営を設営。白虎隊もここから戸ノ口原戦場へ出陣し、本陣近くの飯盛山で非業の死を遂げた。内部は当時の弾痕や刀傷など生々しい痕跡が残る。

  • 住所/会津若松市一箕町大字八幡滝沢122
  • 交通/JR「会津若松駅」より周遊バス「ハイカラさん」で「飯盛山下」下車、徒歩約5分
  • 電話/0242-22-8525
  • ホームページ/会津若松観光ナビ 
主力部隊不在の中、戦える者はすべて集められました。銃を扱ったことのない農民兵も含まれ、勝てる訳がなかったのです。そんな状況下で、白虎隊は一矢報いる気持ちで出撃したのでしょう。
日新館

日新館

享和3(1803)年完成の文武両道を掲げた藩校で、戊辰戦争時は病院として使用。新島八重や山川健次郎が学び、多くの逸材を輩出。「ならぬことはならぬもの」は会津の心得「什の掟」の一節。現在は弓道など体験ができる。

  • 住所/会津若松市河東町南高野字高塚山10
  • 交通/JR「会津若松駅」またはJR「広田駅」からバスで「日新館」下車すぐ
  • 電話/0242-75-2525
  • ホームページ/日新館 
会津藩家老・田中玄宰により、人材育成のために建てられました。先進的で、文化3(1806)年には日本初の給食を始めています。基本一汁一菜、月に三度はマスかサケが振る舞われたそうです。
会津新選組記念館

会津新選組記念館

会津藩はじめ、新選組、旧幕府軍や新政府軍などの貴重な資料を展示。古式鉄砲研究家の館長が集めたコレクションは、火縄銃などの古式銃や幕末に活躍した洋式銃など幅広い。1階で会津旧家を中心に買い付けた漆器などを販売。

  • 住所/会津若松市七日町6-7 2階
  • 交通/JR「七日町駅」より徒歩約3分
  • 電話/0242-22-3049
  • ホームページ/会津新選組記念館 
会津軍は装備で比較しても勝てるわけはなかった。例えば射程距離。白虎隊の主力だったヤーゲル銃は300m程度。対して、西軍諸藩のスナイドル銃は1000〜1200mでした。
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