トランヴェール Train Vert
トランヴェール 2019年6月秋田・岩手

2019年 6月号 特集
秋田、岩手。山人が語る、
世にも不思議な物語。

山にまつわる不思議な話を集めた『山怪』が、現代の『遠野物語』と呼ばれて話題を呼んでいる。その世界に触れようと、著者の田中康弘さんと秋田県の阿仁(あに)地区を訪れた。マタギの里として知られる所だ。そして、本来の『遠野物語』の舞台でもある岩手県を訪ねる。山の文化を不思議な童話に仕立てた宮沢賢治の故郷でもある。これらの物語を道しるべに、山の不思議について思いを馳せる旅に出た。

マタギの里。
阿仁、山怪ジャーニー

秋田内陸縦貫鉄道

マタギの里として知られる北秋田市の阿仁地区。『山怪』の著者、田中康弘さんは、取材のために何度も山へ足を運んだが、とくによく訪れたのはこの阿仁地区だ。今回は、その阿仁地区の中でも、森吉山の麓にある、比立内(ひたちない)、根子(ねっこ)、打当(うっとう)のマタギ集落3つのうち、最も奥にある打当へと足を運んだ。秋田新幹線「角館駅」から秋田内陸縦貫鉄道に乗り換え、田中さんの案内で、山の不思議の語り手たちに会いに行く。

神を祀る祠

打当の町はずれにある三差路。山の斜面が迫る道の傍らに、神を祀る祠がひっそりと建つ。打当に暮らす泉健太郎さんは子供のころ、ここで不思議な体験をした。スキー練習後の帰り道、煌々と明かりを灯した夜店が泉さんの前に現れる。呆気にとられていると、夜店はふっと消えてしまう。そのとき、白いもやのようなものが一筋、薄闇の中を走ったのを覚えている。家族にそのことを話すと「それはキツネに化かされたんだ」と言われたのである。

マタギ、鈴木英雄さん

同じく打当に住むマタギ、鈴木英雄さん(写真左)も山で不思議な体験をしている。去年の秋、狩りを終え山を下り始めたところ、道に迷ってしまう。無線は通じる、救助隊の灯りも見えるのに、その灯りにいつまでたっても近づけない。そうこうするうちに何とか仲間と落ち合い、下山できたが、ひとつ間違えば戻って来られなかったかもしれないという。「山を侮ってはならね。知らない山はとくにだ」ベテランのマタギにとっても、山は底知れない存在だ。

阿仁

6月の阿仁は山歩きに良いシーズンだと、口をそろえて土地の人は言う。阿仁には水のきれいな沢が多い。ブナ林が美しく、山菜も豊富でおいしい季節だ。打当温泉マタギの湯の「マタギの学校」では、ビジター向けに、マタギと一緒に阿仁の渓谷を歩くプログラムも用意している。山歩きを楽しみ、マタギの不思議な話に耳を傾ける。なかなかできない体験だ。