東京感動線

田町に見つけた
街の人が集まる“社屋”
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SHIBAURA HOUSE

株式会社SHIBAURA HOUSE代表取締役 伊東 勝さん
代表取締役 伊東 勝さん
ひと
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人のつながりを生み出すコンセプチュアルな構造

みんながつながる“縦のワンフロア”を

太陽の光を眩しいほどに反射するガラス張りの建築、SHIBAURA HOUSE。通りから見えるカラフルなキッズスペースやあふれる緑、おしゃべりを楽しむ人たちの笑顔から、この建築の体温が伝わってくる。

「僕たち社員と、この街に住んでいる人たちと、この街で働くビジネスマン、あらゆる人がつながれたら何かの種が生まれるだろうと思って、2011年に社屋を建て替えたときに1階を無料開放しました。みんなのリビングみたいでしょう?」

そう語るのは、広告デザイン会社(株)SHIBAURA HOUSEの代表取締役・伊東勝さん。
全5階のうち、オフィスは4階のみ。誰もが自由に寛げる1階リビング、仕事や勉強に集中できそうな2階ラウンジ、会議やセミナーに最適なスペースがふたつある3階ラウンジ、全面ガラス張りの5階バードルーム。
4階をのぞく全フロアが、イベントなどに使えるレンタルスペースになっている。

そもそも、なぜ一企業が社屋を街に開いたのだろうか? 話は伊東さんが代表取締役を引き継いだ約10年前にさかのぼる。
自社ビルは老朽化、創業当時から手掛けてきた広告製版の仕事は時代に合わなくなり、放っておけば傾いてしまいそうなタイミングだった。

「田町・芝浦界隈は会社も住民も増えてきているのに、お互いにつながっていない。つながる場をつくれば会社にとってもよい展開があるかもしれない。そう思って、可能性に賭けたんです」

どうせなら振り切ったものを建てるほうが人が集まるだろうと考え、世界的な建築家・妹島和世さんに設計を依頼した。

「最初から、ワンフロアにしたいという理想がありました。ここは敷地が狭いので“縦のワンフロア”ですね。みんなが階段でつながっていて、すぐに顔を見に行ける。そんなコミュニケーションに回帰するところからはじめようと思ったんです」

助成金を再分配し 学びの機会を増幅させる

現在、SHIBAURA HOUSEでは、自社で企画したもの、他団体にスペースを貸したものを合わせて、年間100回を超えるイベントやワークショップが開催されている。
アート、カルチャー、社会問題など多岐にわたるテーマ、クオリティの高さは、もはや“SHIBAURA HOUSEブランド”だ。

「僕が一番感動したのは、子どもたちと一緒に1200本のペットボトルで船をつくって東京湾に漕ぎ出そうという1泊2日のイベント。ゴミの問題、海洋汚染の問題、航行権の問題などに触れつつも、船が浮かんだときは単純に『やったぞ!』って(笑)」

独自に構築したのは、フレンドシップ・プログラム。
志のある個人や団体がSHIBAURA HOUSEの内外を問わずにイベントを開催できるよう、自社で得た助成金を再分配するかたちで協力するシステムだ。
2019年には、このシステムを使って10数カ所もの会場でイベントが実現している。

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【写真1】
1200本のペットボトルを使って子どもたちが作った船で、いざ東京湾へ!
【写真2】
台湾から来日した戴開成氏による日本語と中国語を織り交ぜた落語で会場は笑いの渦に(Photo:Ryuichiro Suzuki)
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人と人がつながれる街の中での取り組み

イベントとは別に、公的機関からの助成金を利用して長期的に取り組むプロジェクトもいくつかある。
たとえば「OPEN! FURNITURE」はパブリックスペースの可能性を模索するプロジェクト。
パブリックファニチャーとして制作したベンチを街の中に置き、人々が集う場をつくっている。
オランダ大使館などとの協働で手掛けるプロジェクト「nl/minato」では、共生社会をテーマに学びを深める試みを3年にわたって続けてきた。
話題にしづらいジェンダーなどの問題に向けて、誰もが一歩踏み出せる場になっている。

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【写真3、4】
港区のコミュニティスペースや商店街などと連携し、誰もが使える家具を制作するプロジェクト「OPEN! FURNITURE」。(Photo:Ryuichiro Suzuki)
【写真5】
「OPEN! FURNITURE」の取り組みで制作したベンチが憩いの場に。(Photo:Ryuichiro Suzuki)
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“パブリック”への取り組み

公共機関の限界を超えていきたい

こうして、公共性の高い取り組みを続けてきたSHIBAURA HOUSEにとって課題となっているのは、街をよくするための企画が“公共機関”という壁に阻まれて行き詰まりがちなことだ。

「パブリックファニチャーの企画では、区の助成金で動いているにもかかわらず、公共スペースにはベンチを置けないことが判明。商店街などを1軒ずつ訪ねて協力を求めました。ペットボトルの船をつくったときは、管理が厳しくて自由に入れる海がないことに困りましたね。もちろん、公共機関にも理解のある方はたくさんいらっしゃるのですが、ルールが多過ぎてがんじがらめです」

本来、社会にとってプラスになるような仕事をするのが公共機関の役目だが、いまの日本では逆にストッパーになりがちだ。
それならば、がんじがらめになっている部分を少しゆるめたり、グレーゾーンをつくり出したりしながらパブリックな仕事をしていくのが、SHIBAURA HOUSEのようなスタンスをとる企業の役目なのかもしれない。
伊東さんはそう考えるようになった。

「いまは“民間だからこそできるパブリックなこと”を求めて試行錯誤しています。広い意味で社会が必要とすることを企画していきたいですね。今後の方向性としては、社会貢献と利益を両立させるソーシャルビジネスに寄っていくと思います」

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【写真6、7】
デザインが社会に対してできることを考えるプラットフォーム「What Design Can Do」の創設者、リチャード・ファンデルラーケン氏をオランダから招いてトークイベントを開催。
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建築を起点とした正のスパイラル

街に向けて場を開いてコミュニティをつくり、体験や学びの機会をシェアすること。社会をよくするための活動と利益を両立させること。
すべてはここ数年における社会の大きな流れだ。2011年に社屋の一部をオープンにしたSHIBAUARA HOUSEは、かなり大幅に時代を先取りしたと言えるだろう。

「実は旧経営陣の時代から、資金も物資も余裕があれば街の人たちと分け合おうという考え方がありました。町内会のポスターを制作したり、幼稚園に紙を寄附したり、いろいろと動いていたようですね。一企業でありながらパブリックな動きをする風土は、昔からあったんです」

創業時からのDNAを引き継ぎながら、本業のかたわらでさまざまな文化的プログラムを運営してきた8年半は、新たなSHIBAURA HOUSEをつくり上げた。伊東さんは「前の社屋のままだったら、あり得ないことばかりだった」と振り返る。はじまりとなったのは、もちろんこの美しき“縦のワンフロア”だ。

「この建築は、僕たちのコンセプトを見事に表しているんですよね。だから、この建築がフィルターになって、僕たちのコンセプトに共感する人たちが自然と入ってきてくれました。その人たちがいつの間にかこの建物のおもしろい使い方を見つけてくれたり、新たなプロジェクトの種を持ってきてくれたり。それが自然と僕たちのブランディングにつながったし、その中で壁にぶつかって悩んだことが、新しいビジネスの方向性も見せてくれたんです」

建築から人の営みが生まれ、その営みが建築の使い方に反映され、そこからまた新しい出会いが生まれ、新しい世界が広がっていく。
SHIBAURA HOUSEから見えるのは、建築を起点としたそんな正のスパイラルだ。

「どれだけ美しい建築物であっても、それが生かされなかったら意味はないですよね。きれいな竣工写真だけ撮っても仕方がない。大事なのは、建築がこうして街の中で人と一緒に生きていくということ。建築の力はそこでこそ発揮されるんです」

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【写真8、9】
隣の母親たちとビジネスマンがひとつ所で寛ぐ1階リビングの日常風景。片隅のキッズスペースには子どもの姿も。
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点と点のつながりが田町・芝浦を変える

実は20年ほど前、至るところが倉庫ばかりで、人通りもまばらだった芝浦に住んでいたことがあるという伊東さん。この街の過去も現在も熟知しているからこそ、じっくりと地に足をつけて未来を見据えている。

「ここは、位置的にも役割的にも、東京の中心地から少し外れているでしょう。だから、既存の価値観にとらわれない新しいことを試みやすいと思うんですよ」

ただ、近年はタワーマンションが建ち並び、富裕層がこぞって住むようになった。賃料の高さゆえ、若い世代やアーティストのような人々が新たに入り込むことが難しくなり、街から多様性が失われつつある。

「でも、人間である以上、人とのつながりを求める気持ちはみんな同じ。そこを受け止めながら、この街をおもしろくしていくのであれば、僕たちのように昔からここにいる人たちがそれぞれの空間や考え方を少し開いて、連携しながら動いていくしかないですね」

誰もがつながれる場をつくることは、伊東さんにとってゴールではない。
SHIBAURA HOUSEの動きと街の動きがつながってうねりが生まれること、芝浦発のそのうねりが伝播して東京がもっとおもしろくなっていくことを伊東さんは願っている。

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【写真10】
こだわりのコーヒーは、1階のカフェ「Coffee Wrights」にて。
【写真11】
「ここは街にひらかれた、みんなのリビングです」というメッセージ。
【写真12】
たくさんのグリーンを配したのは「誰もが気軽に足を踏み入れられるように」との思いから
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SHIBAURA HOUSE フロア概要

▍5F
バードルーム。プロジェクターや音響設備を完備したガラス張りの空間。5F専用のテラスも使用可。パーティやイベントに
▍4F
(株)SHIBAURA HOUSEのオフィススペース
▍3F
ラウンジ。普段はコワーキングスペースとして利用。会議やセミナーにも最適
▍2F
ラウンジ。1Fと吹き抜けでつながっているので、イベント時には1〜2F合わせての使用もおすすめ
▍1F
フリースペース、カフェ。誰もが無料で気軽に使えるコミュニティスペース。トークイベント、ワークショップ、パーティなどにも

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【写真13】
各階をつなぐスキップフロア。至るところに見られる曲線が遊び心を感じさせる。(Photo:Iwan Baan)
【写真14】
3Fのラウンジにはガラス面とテラスで仕切られた2つのスペースが。ホワイトボードやモニターが完備されているので、会議などに最適。
【写真15】
5Fのバードルームは地上約25m、全面ガラス張り。美しい夜景も楽しめる
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アクセス

所在地:東京都港区芝浦3-15-4
Tel:03-5419-6446(11:00〜18:00)
開館時間:平日9:00〜18:00(フリースペースのみ)
休館日:夏期休暇、冬期休暇、ゴールデンウィーク 
http://www.shibaurahouse.jp/

※各フロア最大収容人数/レンタル料金(A:主催者が営利企業など B:主催者がNPO、教育機関など、非営利的活動をする団体や個人など 最低利用時間は2時間)

1F:約80名/A. ¥30,000/h B. ¥6,000/h
2F:約30名/A. ¥10,000/h B. ¥6,000/h
3F:約15名/A. ¥12,000/h(Bはなし)
5F:約80名/A. ¥25,000/h B. ¥15,000/h