東京感動線

暮らしを重ねて、幸せを共有する。
スローネイバーフッドからはじまる
都市と地方の新しい関係性
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Slow Neighborhood 佐渡編 vol.01

交流・体験
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2021年9月にスタートした東京感動線の新プロジェクト「Slow Neighborhood(スローネイバーフッド)」。コロナ禍で移動がままならなくなった今を都市と地方の関係を見つめ直すチャンスと捉え、生活者の視点を軸に据えて互いの暮らしを身近に感じられる楽しみや仕掛けをつくり出していきます。プロジェクト第1弾では、新潟県佐渡地域および福島県会津地域とコラボレーション。その先には、どのような未来が広がっていくのでしょうか。d-landの酒井博基さんが聞き手となり、一般社団法人佐渡観光交流機構の祝(ほうり)雅之さん、合同会社MENDIの八太菜々子さん、東京感動線の服部暁文が語り合いました。

地域同士のつながりは、距離を越えた「ご近所づきあい」


酒井:Slow Neighborhoodの概要や目的を教えてください。

服部:まずは東京感動線についてお話しさせていただきますね。山手線を起点として、心豊かな都市生活空間をみなさんと一緒につくっていくことを目指して東京感動線は生まれたのですが、東京の暮らしが東京だけで成り立っているわけではないということを立ち上げ当初から感じていました。東京という都市は、ずっとこの地で暮らしていた人だけでなく、あらゆる地域から集まって来た人によって構成されています。こうしたありようを、東京感動線として見つめていきたいと思ったんですね。そうして、東京と東京以外の地域との関係性を考えようと、Slow Neighborhoodをスタートさせました。

具体的には、地域と地域との間で個々人が橋渡し役となって、互いの価値観や暮らしをシェア・交換できる関係づくりのお手伝いができればと考えています。ご近所づきあいのような、おおらかで、ゆるやかなつながりが理想です。

酒井:祝さんに質問です。都市と地方をつなぐとなると、真っ先に観光を思い浮かべます。そうではなく、双方の土地の生活者同士の結びつきを大切にするSlow Neighborhoodに佐渡が参画したきっかけを教えていただけますか?

祝:今から30年ほど前になりますが、佐渡はオーバーツーリズムを経験しているんです。佐渡の観光事業者は人流をいかにスムーズにするかに重きを置き、観光客のみなさんにこの土地の文化や特色を伝えることは二の次になってしまっていました。十分なおもてなしをできていたかというと、至らなかった部分がたくさんあったと感じています。その後、ピーク時から徐々に観光客は減り続けて、地域の経済も一時の勢いを失っていました。

酒井:さらにこのコロナ禍で、観光業界は以前のようには立ち行かなくなってしまいました。

祝:その通りです。数を追い求めるビジネスモデルもなくてはならないところですが、そればかりでは生き残れないことはコロナ禍から漠然と感じていました。従来のやり方を変えていかなくてはならない時期にさしかかっていたんです。

数年前から、佐渡の観光関係者だけでなく、地域の人にも参画してもらいながら、佐渡の観光の次なる展開を考えていたところでした。佐渡には観光コンテンツはたくさんあるのですが、アメリカのグランドキャニオンのような説明不要の圧倒的な風景があるわけではありません。佐渡に暮らす私たちが本当にいいと思っているもの、たとえば、四季の移ろいにともなう旬の味わいだったり、農業や漁業と連動している芸能だったり、地元の人だけが知っている本当の穴場だったりと、私たちの日常の延長にあるものこそが、佐渡らしさやこの土地の魅力なのかなと思っています。

酒井:観光という、消費をベースとしたゲストとホストという関係性になってしまうところをSlow Neighborhoodでは生活者同士のおつきあいというあり方を構築していくわけですが、都市の人からすれば、自分の知らない地域で暮らす人の日常に入り込んでいけることこそが非日常な体験なのかもしれませんね。都市部の生活者の人びとも、非日常に対する意識や価値観の変容があったのではないかと思います。

服部:いわゆる観光名所だけでなく、地方の人びとの日常生活にも関心を抱いたり、観光客としてどのような行動をとればその地域にプラスになるのだろうかと考える人は増えていますし、今後はもっと増えていくのではないでしょうか。自分たちはこういう暮らしをしているけれど、地方の人とはなにが違うんだろう、なにが同じなんだろうと想いを馳せることが重要だと思っていて。Slow Neighborhoodの起点は、まさにここにあります。

【画像1】
上/左から八太菜々子さん、祝雅之さん、服部暁文。

移動を再定義することで生まれた新しい価値観

酒井:八太さんは、学生でありながら合同会社MENDIの一員としてプロジェクトに参加されています。Slow Neighborhoodの考え方について、若い世代から見てどのように感じていますか?

八太:私は東京生まれの東京育ちだったこともあり、もともとは地方に対する思い入れは強くなかったんです。旅行をしても、それこそ表面的な観光しかしてきませんでした。それが北海道を旅したとき、地元の方に案内していただけることになって、ガイドブックには載っていないようなところに連れて行ってもらったり、一緒に食事させてもらったりして、今までになかった感覚というか、地方の人とのつながりというものをはじめて実感しました。すごく興味深くて、嬉しくて。ですから、Slow Neighborhoodの取り組みにはとても共感しているんです。

服部:若い方はどちらかといえば人間関係がドライというか、表面的なイメージもありますが、そんなこともないですよね。

八太:先ほど服部さんからSlow Neighborhoodについて、ご近所づきあいというキーワードが出ましたが、実は私、自宅のお隣さんとも話したことがなくて、ご近所づきあいをほとんど経験してこなかったんです。決して避けてきたわけではなくて、これもまた都市生活らしさというか、都市が持つ一側面だったりするのかなと思うんですけれど。

私の感覚ですが、若者世代でも人とつながることに興味を持つ人は多いと思います。表面的なつながりよりも、もっと深いつながりを求めているような気がします。

酒井:そうなんですね。物理的には離れていたとしても、そこにご近所づきあいという概念をあてていることにSlow Neighborhoodとしてのアイデンティティを感じますが、距離や移動については、どのように捉えているのでしょうか?

服部:このコロナ禍で人びとの移動はみなさんが想像している以上に減っていて、特に新幹線の利用者数は大幅に減少しています。これは仕方のないことですし、現実として受け止めるしかないところです。

だけど、移動って、単に人の身体が遠くへ行くだけのことだったのでしょうか。僕はそうじゃないと思ったんですね。たとえば旅がそうであるように、どこかへ行った先で出会う人や見聞きする物事、そうして得られる発見や喜び。未知の世界につながることも含めて移動なのではないかと考えているんです。

酒井:知らない世界への扉を開くことを移動であると再定義すると、Slow Neighborhoodの取り組みは、より明確にイメージできるようになります。暮らしと暮らしを重ねるような、互いにとって、未知だった暮らしを見せ合うことで、世界と世界がつながっていくのでしょうね。

八太:本当にそうですね。私はずっと東京で育ってきたこともあって、地方の暮らしをすごく新鮮に感じるんです。私が暮らしてこなかった場所での日常がどんな感じなのかを知ること自体、自分の世界や視野を広げてくれる新たな経験のひとつになると思っています。

【画像2】
都市と地方がつながる取り組みとして、佐渡地域のみなさんとオンライン上で出会い、暮らしと意見を交換する対話の場「Slow Neighborhood SALON」を東京・新大久保にあるフードラボ「K,D,C,,,」にて開催。

都市と地方の暮らしを重ね合わせた先に広がる世界

酒井:ここであらためて、都市と地方の暮らしを重ね合わせることの意義や相乗効果を考えてみたいと思います。祝さん、いかがですか?

祝:都市部と地方とでは年収に差がありますけれど、私は若い頃に東京の会社で働いてから佐渡に戻ったこともあって、それを自分ごととして経験してきたんです。だけど、収入が減っても、ちっとも困らなかったんですね。なぜなら、この土地では物々交換がすごく盛んなのです。朝起きると玄関にとれたての野菜なんかが置いてあって、「これは誰が置いたんだろう?」と、探すのが午前中の仕事みたいな。たくさんのお金は持っていないかもしれないけれど、ここには自然がもたらしてくれる恵みや循環があり、人びとは幸せに暮らしています。お金で楽しさを得るような都市の価値観と、地方ならではの日常の豊かさをミックスして平均化できればと思っているところはありますね。

酒井:それは面白い考えですね。旅行の費用に比例して素晴らしい体験や観光ができるとは限らないことにもつながるかと思いますし、それぞれが差し出せるものを持ち寄って交換することで、都市の暮らしも地方の暮らしも、お互いの幸福度が上がっていくことが期待できます。

服部:そうですね、そういう世界をつくりたいですね。東京はチャンスや楽しいことにあふれていて、自分の能力を試す場もたくさんあります。だけど、気持ちを揺さぶられる機会が多すぎると僕自身は感じることがあって、半分くらいでいいなと思ったりもするんです。もう半分の感受性で地方の暮らしに触れながら、その土地のみなさんとつながることができたら、暮らしはもっと豊かになるのではないでしょうか。いわゆる二拠点生活ではなく、今、自分がいるこの場所で暮らしの幅を広げていくような、そうしたあり方がSlow Neighborhoodの目指すところです。

酒井:これまでの観光にある、一生に一度、その土地を訪れるということよりも、同じ人が何度も同じ場所を訪れるといったような新しい観光のかたちにもつながっていきそうですね。

祝:佐渡の観光客が減っていたのは「PRが足りないからだ」という声が地元の人から上がったことがありました。では、PRとはいったいなんだろうと考えたとき、これまでは宣伝だけに捉われていたのですが、PRの“Relation”の部分、つまり、つながりや関係性ですけれど、Slow Neighborhoodでは、ここに気持ちを寄せているんですよね。たとえ数は少ないとしても、佐渡に興味を持ってくれているみなさんとしっかりと関係性をつむいでいくことでこの地の観光にどのような変化をもたらすのか、今はとても興味があります。

八太:地方のことが気になるけれど、どうすればいいかわからないという人は多いと思うんです。そうした人たちが深くつながることができる機会があれば、その土地の楽しさや醍醐味を知ってもらえますし、ますます共感してもらえるのではないかと思っています。

酒井:遠くまで広く届くような大きな声を上げるのではなく、まさにご近所づきあいのように、目の前にいる人に丁寧に語り掛けていくことを大切にするということですね。

服部:一度のプロモーションとして1万人に届けようとするよりも、まずは10人に語り掛けて佐渡のファンをつくり、そこから「10の4乗」をすると1万人になる。そういった、徐々に広がっていくような盛り上がり方ができたらいいですね。

酒井:それを実現できたとき、都市と地方のハブとなるプラットフォームやインフラストラクチャーを整えているという意味では、JR東日本が担う役割はますます大きなものになりそうです。

服部:本当にそうですね。たとえば、東京と佐渡の暮らしを重ねたり、交換したりすることをもっとなめらかにしたいとき、新幹線が活きてくるのではないかと思っています。人流だけでなく、農水産物などの物流にも使ってもらうといったように、新幹線のサービスやあり方を変えていくのもいいのではないかと考えているところです。

酒井:人と会ったり、遠くへ行ったりと、ほんの数年前まではあたりまえにできていたことが、このコロナ禍で思うようにできなくなった今、それらに対する人びとの感度はますます高まっています。こうした状況のなかでSlow Neighborhoodという取り組みがスタートしているということは、とても興味深いですし、非常に期待しています。

【画像3】
K,D,C,,,では、JR東日本の新幹線で佐渡の新鮮な食材が届けられる「佐渡ファーマーズ&シェフズマルシェ」も開催。プロのシェフがそれらの素材を使った料理をふるまうとともに、旬の農産品の販売が行われました。