トランヴェール Train Vert
トランヴェール 2020年7月 東日本

2020年 7月号 特集
いつか旅に出よう、
冒険者たちのように。

困難を乗り越え、未知との出会いを喜びに変えてきた冒険者たちの旅をたどる。江戸時代に来日し、徳川家康や伊達政宗にも会ったスペイン人ビスカイノや、明治時代に日本の山間を自らの足で歩いたイザベラ・バード、お雇い外国人のナウマンらが旅で感じた興奮を追体験し、彼らのまなざしを通じて東日本の魅力と旅の素晴らしさを再発見する。

冒険者は大海原を越えて
~外国人が発見したニッポン~

瑞鳳殿

慶長16(1611)年、セバスティアン・ビスカイノがスペイン王の特使として来日した。太平洋交易に乗り出したい家康は帆船を新造してビスカイノの船と共にメキシコへ送り出したが、出帆直後に沈没。その間に金銀島発見に向かったビスカイノの船も大破し、浦賀に戻った。それを救ったのが伊達政宗だった。
政宗はビスカイノらが帰国するための帆船、サン・ファン・バウティスタ号の建造を支援した。そして翌年、ビスカイノ一行は支倉常長ら遣欧使節を伴い出帆する。政宗は晩年、帆船と使節の派遣について「わが名をば、スペインやローマにとどろかせてやろうと考えたのよ」と若い近習に語ったと伝えられる。写真は仙台市内にある政宗の霊廟、瑞鳳殿。

イザベラバードが東洋のアルカディア(桃源郷)と呼んだ田園風景

時は流れて明治時代の初め、イザベラ・バードは東北地方を旅していた。明治11(1878)年6月23日に、「当地における私の静かで単調な生活も、終わりになろうとしている」と記述した後、奥日光から東北地方を経て函館へ渡り、道南のアイヌコタンをめぐる旅程をとった。そのほとんどが内陸の険しい山間をたどっている。それが彼女の旅の流儀なのだ。
バードは、日本の自然の美しさを賞賛している。写真はバードが「気高い平野」と呼んだ山形県南部の置賜(おきたま)盆地。「実り豊かな大地であり、アジアのアルカディア(桃源郷)である」とまで述べていた。

函館の教会

東北旅行の終わりに、バードは函館で疲れを癒やしたようだ。北の国際港・函館には各国の領事館や教会があり、外国人も多かった。写真は現在の旧外国人居留地にある函館聖ヨハネ教会。ここはかつてバードが滞在した宣教師館だったという。
バードは、東北・北海道1200マイル(約1900キロ)におよんだ旅について「世界中で日本ほど、危険にも不作法な目にもあわず、まったく安全に旅行できる国はないと私は信じている」と語った。