トランヴェール Train Vert
トランヴェール 2019年9月 長野/山梨

2019年 9月号 特集
武田勝頼、
埋もれた英雄の真実

戦国時代後期に、武田氏が、現在の山梨県甲府市に躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)を築き、本拠地としてから2019年で500年になる。信玄の子勝頼はその最後の主となった人物で、長篠合戦で大敗、武田家を滅亡させた凡将といわれてきた。その定説は本当なのか。調べてみると、実は優れた武将であり領主であったことが分かってきた。歴史の定説を検証し直し、埋もれた英雄を発掘する旅に出る。(甲府市・法泉寺蔵/提供:甲府市教育委員会)

長篠合戦と
領国の立て直し

長篠合戦

戦国時代最強の軍団といわれた武田軍が、大敗をした「長篠合戦」。相手は、その後日本を統一することになる織田信長・徳川家康の連合軍で、場所は、現在の愛知県新城市になる。武田軍は遠征の上、倍以上の軍勢と戦うことになり、負けてしまう。(大阪城天守閣蔵)

湯村温泉

勝頼は、誠実な領主であった。山の利用をめぐり争う2カ村の村人を、休暇中の温泉に呼び、休み返上で騒動に裁決を下し、争いを鎮めている。当時「志摩の湯」と呼ばれていた温泉は現在、湯村温泉となっている。甲府市内にあり交通の便もよいため、旅館やホテルが立ち並び、賑わっている。

新府城跡

勝頼が造った「新府城(しんぷじょう)」は、現在の韮崎(にらさき)市にあった。現在の山梨県、長野県を主な領土としていた勝頼にとって、領土の中心に当たる場所であり、自らの精神的なバックボーンである諏訪大社にも近づいたことになる。