東京感動線

生産者と消費者の「共感」で、
未来の社会が変わる
083 生産者と消費者の「共感」篇

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ポケットマルシェ

株式会社ポケットマルシェ 代表取締役CEO高橋 博之さん
高橋 博之さん
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農業や水産業など、いわゆる一次産業の生産者は、残念ながら減少の一途といわれる。
未来の食を考えたときに、決して無視できる問題ではないはずだ。

後継者の不足なども、生産者が減っている理由ではあるものの販路の確保・拡張が難しいという側面も……。

そうした状況を受けて、ここ数年で生産者と消費者が直接つながる仕掛けがみられるようになってきた。
とはいっても利益を上げながら、生産者と消費者の両方にメリットが感じられるような仕組みを作るのは決して簡単ではない。

生産者と消費者が「共感」を得られる仕組みを模索しながら、両者がつながる活動を続けているのが「ポケットマルシェ」だ。

分断された関係を結びなおし
地方と都市を“かきまぜる”

「大量生産・大量消費の社会のなかで、生産者と消費者は分断されてしまいました。消費者は自分が食べているものを誰が作っているかわからず、生産者は自分が作ったものを誰が食べているのかわからない。地球の裏側からタンカーで運んだ魚や肉、野菜が食卓に並んでいる状況に慣れてしまいました」。こう警鐘を鳴らすのは、株式会社ポケットマルシェの代表取締役CEOの高橋博之さんだ。高橋さんは「このような生産者と消費者の関係を結びなおすことで、安心安全で豊かな食卓が実現し、“強い第一次産業”をつくることができます」と確信をもって話す。
高橋さんが日本の「食」に問題意識をもつきっかけとなったのは、2011年の東日本大震災。巨大防潮堤建設に異を唱えて出馬した岩手県知事選に落選し、浪人中に「口ではなく、手足を動かして汗をかいてみよう」と農漁村を訪ねてまわった。そこで見たのは、高齢化や後継者不足、低収入で疲弊する生産現場の現実だった。その一方で、自然と常に向き合って生きる生産者には圧倒的なリアリティーがあり、コミュニティが希薄で自己肯定感を得にくい都市生活者につける“クスリ”をたくさんもっていた。
そこで、都市と地方を“かきまぜたい”と、東北の生産者と産地の情報を取材し、その物語をリアルな生産物と一緒に届ける情報誌『東北食べる通信』を立ち上げた。高橋さんは「消費者と生産者が“かきまざる”ということは、友達になることです」と説明する。「友達の作った農水産物なら買いたたくことはできないし、生産者も漠然としたマーケットではなく、友達に食べさせたい生産物を作る。分断された関係を結びなおすことで、人も地域も、社会も変わっていくのです」
2013年に創刊した『東北食べる通信』は、その翌年にグッドデザイン金賞を受賞。さらに日本全国に同じモデルを展開する「日本食べる通信リーグ」を創設し、現在は、全国22地域に広がっている。

【画像1】
高橋さんは、生産者と消費者の対話を実現するために、47都道府県で「車座座談会」を行ってきた。現在は、毎朝オンラインで開催している

ポケマルは「ジャンプ」
楽しく、おいしく、食から改革

「消費者と生産者の関係を結びなおし、互いに“共感”を生む取り組みとして、『東北食べる通信』をホップとすると、『日本食べる通信リーグ』はステップ、そして『ポケットマルシェ』はジャンプにあたると考えています」と高橋さんは言う。
2016年にサービスを開始したスマホアプリ「ポケットマルシェ(ポケマル)」は、作る人と食べる人をつなぐオンラインのマルシェ。全国の生産者が自ら値付けし出品した食材を、消費者が直接購入することができる。また、「コミュニティ」と呼ぶ機能によって、生産者が日々の現場から生産過程の様子や旬のおすすめ、おいしい食べ方などを発信できるほか、消費者が感想や「ごちそうさま」を伝えたり、実際につくった料理を投稿したりと、食を消費する前後に双方向のコミュニケーションがうまれる。
一般的に、こうしたオンライン型のマルシェでは、生産者の開拓がもっとも困難といわれている。ネット販売にネガティブなイメージをもつ生産者が少なくないからだ。さらに、ポケマルは、出品者が農家や漁師であることをポリシーとし、独自の審査基準を設け、加工や販売をメインとする業者や、“趣味で生産活動をする人”はポケマルに出品者として登録できないしくみをとっている。こうしたハードルがあるにもかかわらず、ポケマルに登録する生産者数は約3400人。ユーザー数はなんと22万人にも及ぶ。
高橋さんは「生産者と消費者がつながる仕組みとして活動してきた『食べる通信』に救われました」と笑顔で言う。さらに「ユーザー数は、コロナ禍前には5万2000人だったのが、この春に一気に4倍に急増しました。外出規制によって、家で料理をする機会が増えたのと、それに伴って“楽しみ”のために食材選びをする人が多くなったのでしょう」と分析する。

【画像2】
売買だけでなく、生産者と消費者がコミュニケーションできる「ポケマル」アプリは、見ているだけで楽しい、と評判だ

「食は、エンターテイメント」
ビジョンを共にする企業と協業も

ウェル・ビーイングを考えたときに、食は重要なテーマの一つだ。
「いまは電車の中でもみんなスマートフォンを覗き込んでいますよね。消費者が自分の意志で自由に使える“可処分時間”をどう配分するか、という時代なのです。なので、食も、楽しくないとだめ。ライバルは、ゲームやユーチューブなのです。その意味で、生産物は“生もの”ですし、生産者との関係性は“リアル”なので、絶対に楽しい。消費者は、食材が届く前から産地の天気や生産者の体調などに想いを馳せます。ポケマルのコミュニティに投稿される記事や写真を見ているだけで楽しい、という声も寄せられています」と高橋さんは話す。
さらに「生産者と消費者がつながるポケマルスタイルの流通が、既存の食流通全体の15%くらいの割合を占める世界観を持っています。ただ、そこに到達するには、まだまだ時間かかるなという印象です。このため、他社との協業によって事業を広げていきたいです」と言う。
ポケットマルシェに出資をするのは、実業をもつ企業が多く、いわゆるベンチャーキャピタルは少ない。ビジョンに共感し、一緒に事業を進められる会社と手を組んでいきたい、という強い思いを持っているからだ。
例えば、JR東日本グループが運営するショッピングモール「JRE MALL」とシステム連携し、農水産物を購入すると「JRE POINT」がたまる仕組みを整えたり、新幹線物流を利用して、鮮度の高い農水産物を生産者から直接受け取ることができる企画に取り組んだりする。この取り組みは、毎月、「高輪ゲートウェイ駅」で開催するほか、今後は規模を拡大し、エキナカの常設店で定期的に農水産物を買えるようにする予定だ。
「これからの時代、楽しくコミュニケーションし、おいしく食卓を豊かにする、消費者と生産者の直接のつながりがさらに大切になってくる。“食”を切り口に、既存の価値観を見直すきっかけをつくる手伝いをしたいと思っています」と高橋さんは意気込む。
「食」から世界の未来を変えるカギは、私たちの手のなかにあるのだ。

アクセス

株式会社ポケットマルシェ
所在地:東京都渋谷区千駄ヶ谷3-26-5金子ビル3F
https://www.pocket-marche.com/

株式会社ポケットマルシェ 代表取締役CEO 
高橋 博之さん

高橋 博之さん
株式会社ポケットマルシェの代表取締役CEOの高橋博之さん。1974年、岩手県花巻市生まれ。青山学院大学卒。岩手県議会議員を2期務め、2011年9月に岩手県知事選に出馬するも次点で落選。2013年にNPO法人東北開墾を立ち上げ、「食べ物付き情報誌」の『東北食べる通信』を創刊。その後、2014年に一般社団法人「日本食べる通信リーグ」、2016年にスマホアプリ「ポケットマルシェ」を創設する。著書に『だから、僕は農家をスターにする』(CCCメディアハウス)、『都市と地方をかきまぜる』(光文社新書)など。

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