東京感動線

野菜は「買う」から「つくる」時代へ。
小さな菜園があふれる東京を目指して
みんなで育む自給自足カルチャー
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Tokyo Urban Farming

交流・体験
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2021年4月、農のオープンプラットフォーム「Tokyo Urban Farming」がスタートしました。博報堂が主宰する研究機関「UNIVERSITY of CREATIVITY(UoC)」の近藤ヒデノリさんが発起人となり、PLANTIOの芹澤孝悦さん、プロトリーフの加能裕一郎さん、東京感動線の服部暁文が集まって生まれたこのプロジェクト。目指しているのは、日常に“農”が溶け込む新しいライフスタイルをつくり出すことです。発足の背景や構想について、4名に語ってもらいました。

世界で広がるアーバンファーミング


──Tokyo Urban Farmingの概要を教えてください。

近藤:東京において、アーバンファーミングという農的な生活文化をみんなで創造・推進していくオープンプラットフォームです。「アーバンファーミングをもっと楽しく、美しく、あたりまえにする」ことを目指し、市民も企業も行政も仲間として、人と自然が循環する都市の新しいライフスタイルをつくっていきたいと思っています。
活動としては大きくは4つあって、1つ目がコミュニティファームをつくっていくこと。2つ目がアーバンファーミングを楽しむためのイベントなどの開催。3つ目が情報発信。4つ目が苗の配布やコンポストステーションなど、アーバンファーミングを実践するためのツールの開発と提供です。

──“アーバンファーミング”とは、どのようなものなのでしょうか?

芹澤:農業ではない、民主的な野菜栽培のことをいいます。1980年代から世界に広がり、たとえばニューヨークのブルックリンでは、マンションの屋上に畑があるのがあたりまえ。パリでは2020年8月、街のど真ん中に世界最大の農園がつくられ、市長は「地産地消の都にする」と言い切っています。またロンドンでは、2012年のオリンピックの際、市長が西暦にかけて「2012箇所の農園をつくる」と宣言。今では3080箇所にまで増え、年間120万食分の野菜が市民の手によって生産されています。ほかにもデンマークやドイツ、サンフランシスコをはじめとしたアメリカ各地、アジアにも広がっています。

従来の農業は、非常に環境負荷が高い産業です。それに対してアーバンファーミングは、たとえばCO2を排出しない自転車で行ける範囲でマイクロファーミングを行う取り組み。野菜は買うという一択ではなく、自分たちでも育てる選択肢がそもそもあったよね、ということを世界が思い出し、日本でもようやく重い腰が上がろうとしている状態です。

近藤:そうですね。コロナ禍で外食や買い物に行けなかったり、スーパーでの食品の買い占めを体験したなかで、みんなの食への関心が高まったと思います。それが追い風となって、都市での持続可能な暮らしをつくるアーバンファーミングがより大きな広がりを見せているのだと思います。ファーミングなら外ですし「3密」も避けやすいですしね。
それ以外にも、近年サンフランシスコで市民たちが農園をつくるさまを追った『都市を耕す─エディブル・シティ』というドキュメンタリー映画があったり、最近も『Kiss the Ground』という、リジェネラティブな農業のあり方を紹介する映画があったり、世界中で持続可能なライフスタイルをつくっていく動きが、同時多発的に起こっていると思います。

──日本ではどの程度広がっているのでしょうか?

近藤:日本でもここ数年で、アーバンファーミングやパーマカルチャーなどの取り組みを行うNPOといった草の根活動や拠点が、急速に全国に広がっています。Tokyo Urban Farmingは、そこに大企業や行政も加わってみんなで一緒にやっていくことで、点と点をつなげ、面にするような動きにしていくためのプロジェクトなんです。

服部:個々の活動は日本や東京でも十分に動いていると思うんですが、たとえばコペンハーゲンのように都市全体でなにかするというのが日本はすごく苦手だと思うので、企業体が行政区をまたいで広げていくようなことができればいいですよね。

それぞれの分野を生かした協働

──みなさんの、それぞれの立ち位置や役割について教えてください。

近藤:発起人である僕らUoCは、みなさんと一緒にビジョンをつくって共有しながら全体のプロデュースをします。さらに情報発信や、イベントの企画などを通して、全体のブランディングをしていくような形です。UoCは創造性をひとつの武器としているので、アーバンファーミングに多様な創造性を注入していくことで盛り上げていければと。

──芹澤さんはいかがでしょうか?

芹澤:僕の祖父はプランターの発明者なんです。その本質は、高性能なプランターというモノ自体を開発したことではなく、アグリカルチャーに触れる機会をつくったことだと捉えていて。僕はそれを受け継ぎ、PLANTIOという会社で、ベランダやビルの屋上、マンションの一室など、あらゆる場所で野菜栽培ができるプラットフォームを開発し、みんなでFarm to tableを実現していくためのサービスを展開しています。ただ、我々のようなスタートアップだけで頑張るのは限界があるので、博報堂さんのような大きな会社にしっかり音頭を取ってもらい、JRさんの遊休地などを使わせていただいたり、先陣を切ってコンポストの開発に取り組んでいるプロトリーフさんから土を頂戴して畑を耕したりと、みんなで協力しあえればと思って参加させていただきました。

加能:我々プロトリーフは20年前に立ち上げた培養土の会社で、今では日本一のシェアを占めています。培養土の開発コンセプトは、“土を掘らない”こと。ちょっと不思議な言い回しですが、たとえば一番多く使っている原材料はココヤシと呼ばれるヤシの殻だったりします。ですから土というよりは、英語でgrowing media、つまり“作物を育てる媒体”ですね。京成バラ園芸さんとバラの土をつくったり、カゴメの「KAGOME トマトの土」を製造したりと、企業間コラボレーションをしてさまざまな培養土をつくったりもしています。

服部:JR東日本は東京感動線として参画しています。役割はいくつかありますが、大きくは芹澤さんがおっしゃった通り、駅周辺の使われていない土地を提供すること。もうひとつは、みなさんが日常的に使う駅が、この取り組みを伝えるためのメディアになると思っていて。駅から情報を発信し、アーバンファーミングという言葉自体や暮らしの選択肢を普及していくことも私たちの役割です。

Tokyo Urban Farmingは感動線のコンセプト「東京の、ちょっとだけ未来の景色。」にもぴったりはまっているんです。もともと考えていた、未来に提供していきたい価値観のなかに、東京の緑というテーマもあって。東京には実は豊かな緑があるんですが、それが感じられにくいことと、手に触れられる緑というか、アーバンファーミングのような文脈ではなかなか普及しないところがある。だから、ちょっと未来のライフスタイルとして、日常のなかにアーバンファーミングを普及させていくというのはすごくマッチするんです。

市民も企業も行政も。みんなでつくるオープンプラットフォーム

──Tokyo Urban Farmingを、あらゆる人が参加できるオープンプラットフォームの形にしたのはなぜでしょうか?

近藤:市民や大きな企業、スタートアップ、NPOなどがバラバラにやるよりも、仲間になって一緒に推し進めるほうが広がっていくと思ったんです。従来のように行政がトップダウンで街をつくるのではなく、民間からボトムアップでつくって、そこに行政も仲間として協力いただくような形で広がっていければなと。企業であれば自社ビルの屋上を提供したいとか、行政だったら生産緑地の新しい活用法を一緒に考えるとか、市民だったら畑を耕したいとか、それぞれが持っている資源や得意技を持ち寄って盛り上げていければと考えています。

服部:今の時代のなかで、誰でも参加できる状態をつくるっていうのは実はすごく難しい。食と農の民主化を目指すためには、単にみんながやればいいっていうことではなくて、今回この4社でTokyo Urban Farmingっていうのを立ち上げ、それはオープンなプラットフォームであると、きちんと名言することが重要なポイントだと思います。

近藤:Tokyo Urban Farmingは、人が集い、自然とつながるコミュニティとして、都市における創造的なコモンズをつくっていく活動でもあると思っています。誰でも、植木鉢を置いたり、種をまいて野菜を育てたり、料理をしたり、イベントを企画したりなど、アーバンファーミングを通じて、みんなが消費者から創造者になる。都市における畑は、そんなあらゆる人が創造性を注ぎ込むフィールドなのだと思います。

加能:コロナ禍は、まさにそれを推し進める要因になりましたよね。私自身、豊かさへの価値観もがらりと変わりました。ベランダでトマトを育て、食卓に出して、家族に「俺がつくったトマトだぜ」と自慢する。コロナ禍があったからこそ、家にいる時間が長くなり家族そろって食卓を毎日囲む。あたりまえのことですが、そんな機会を与えてくれた。そんなことをやっているときに、本当の豊かさってこれなんだなと感じたんです。そういう新しい豊かさを提供していけるとすごくいいなと思っています。

近藤:「新しい豊かさ」、すごく同感です。Tokyo Urban Farmingで成し得るのは、これまでの豊かさを再定義して、次の時代の豊かさをつくっていくことなのかもしれませんね。畑で育てた野菜をみんなで食べたり、そこでナチュラルワインを飲んだり、ライブしたり、焚き火したり……都市において人や自然とつながる場所になる。そんな土臭い豊かさこそが、人間らしい本当の豊かさなんじゃないのかなって、思っています。

【画像3】
上/Tokyo Urban Farmingの概念図。
下/PLANTIOが開発し、Tokyo Urban Farmingでも活用しているサービス「grow SHARE」。マップ上に誰がどんな野菜を育てているかを表示し、採れたものを物々交換することを促す。

取り組みを一つひとつ重ね、農を日常にしていきたい

──すでに取り組んでいることや、今後予定されているイベントについて教えてください。

近藤:まずは、自分たちの場であるUoCに、都市の狭小空間における野菜畑「Micro Farm」を、加能さんにも協力いただいてつくってみました。コンテナやLEDライトを使い、ルッコラやバジル、パクチーをみんなで植えたんです。ランチのときにはそこから収穫して食べたりしています。さらに、2021年4月28日(水)〜5月9日(日)には、渋谷スクランブルスクエアで開催される「THE SHIBUYA WEEK 2021」にて、Micro Farmを拡張したポップアップを展示するほか、UoCや都内の畑で定期的にイベントを開催予定です。JRさんとプロトリーフさんは高輪ゲートウェイ駅でトマトの苗を配るイベントも実施されますよね。

服部:そうですね、4月24日(土)に行います(※取材時は実施前)。1000ポッドを無料で配り、受け取った人が自宅でトマト苗を育てられるというもの。ゆくゆくは、各々が育てたトマトを新大久保のフードラボ「Kimchi, Durian, Cardamom,,,」に持ってきてもらって、料理教室を開く予定です。

近藤:そんなふうに、各地にコミュニティファームをつくったり、野菜を育てたり料理するイベントを開催するほか、コンポストを通じて食品廃棄物を堆肥化するのも大事な取り組みだと思っています。そういうことを、たとえばひとつの駅から始めて全部の駅へ、地道に広げていきたいと思っています。

──Tokyo Urban Farmingが描く未来についてお聞かせください。

近藤:大小さまざまなファームが、東京だけじゃなくて、日本各地の都市に生まれていったらいいですよね。仕事帰りに畑に寄って野菜をチェックして、ちょっとワインでも飲んだり、そんな都市のライフスタイルがあたりまえになったらいいなと思っています。

芹澤:今みなさんが買っている野菜って、簡単に言うとプロダクトなんです。農家がつくった最終型で、本当は育つ過程でもいろんな食べ方があったわけなんですよ。そういったカルチャーが今は一切失われているので、再びみんなで畑を耕してみたらどうなるのか。そこから生まれる新たなカルチャーに期待しています。

加能:壮大な話になってしまうんですが、自分が生まれ育った東京を誇れる都市にしたいなと思っています。経済性だけではない豊かさを持った環境都市として、その仕組み自体を輸出できるようなところまで持っていけたら。日本人の叡智って、そんなに低いものではないと思うんです。100年かかる仕事かもしれませんが、そういう価値のあるものを東京から発信していきたいですね。

服部:以前ストックホルムに住んでいたときに、駅でノベルティとして人参を配っていて衝撃を受けたんです。それが、今回トマトの苗を配るイベントにもつながっていたりします。駅でふつうに野菜が配られて、それは誰が育てたもので、どういう品種で、どういう背景があって……というストーリーを、子供も大人も隔てなく感じられるような日常をつくり出したい。Tokyo Urban Farmingを通してそれが推進され、広がっていくといいなと思っています。

【画像4】
上/UoCのなかに設置した「Micro Farm」。
下/「THE SHIBUYA WEEK 2021」での展示のイメージ図。種を配る“シェアシーズ”やトークイベントも開催予定。


「Tokyo Urban Farming」公式サイトはこちら