「TRAIN SUITE 四季島」を支える想い

Vol.612023/1/16

遠野郷神楽保存推進協議会 会長
菊池 孝二の想い

客席と舞台が一体となる瞬間を。
遠野の地に息づく神楽の世界

「TRAIN SUITE 四季島」2泊3日コース/冬の1日目に訪れる岩手県遠野。民話の郷として知られる遠野では神楽もまた、古(いにしえ)の物語を今に伝える。菊池孝二さんは遠野の神楽の担い手として、神楽を通して遠野への興味を深めてほしい、という願いを込め、全身全霊で舞台に立つ。


子どもたちのために復活させた遠野の神楽

国の重要無形文化財であり、ユネスコの無形文化遺産にも登録された岩手県の早池峰(はやちね)神楽は、500年以上の歴史を持つ、古い神楽です。その始まりは霊峰、早池峰山の修験者たちの祈祷の舞であり、岳(たけ)神楽と大償(おおつぐない)神楽という、二つの系統があります。二つの神楽は周辺の村々へと広がっていきました。現在も毎年、早池峰神社の例大祭には、神楽の奉納が行われ県内外から多くの方々が集まって大いに賑わいます。
遠野には、岳神楽の系統を受け継ぐ神楽が三つあります。私たちの地域の神楽は、そのうちの一つです。
今から60年ほど前の高度成長期から20年ほどの間、私どもの神楽が途絶えていた時期がありました。村の過疎化が進み、若い人たちが遠野を離れていくことはいたしかたありません。しかし、せめて何か思い出になるものをと、神楽の復活を思い立ったのです。その中から何人かでも後継者として遠野に残ってくれれば、という願いもありました。そこで同じ岳神楽の系統を継ぐ近隣地域の神楽の方を招き、もう一度、神楽を習いました。今も年に一度、教えてくださった方々との交流会で、先人から伝わった神楽が正しく継承されているか、確認しあいます。些細な部分でも、一旦崩れるとそれがそのまま後世に伝わってしまいますから。


息の合った舞手の足さばきと演奏

私たちの神楽のメンバーは11人で、ほとんどが地元の人間ですが、外から来た人もいます。昔、神楽は男性だけのものでしたが、今は女性のメンバーもおります。舞手と“がたり”を担当する舎文(しゃもん)、そして太鼓、手平鉦(てびらがね)と笛の囃子方という構成です。現在舞うことができる演目は30ほどで、練習は毎週土曜日、盆と正月の数日をのぞいて一年中、行っています。神楽には楽譜がなく、すべて練習して身体で覚えていくというものです。私は太鼓を演奏しています。祖父も太鼓を叩いておりました。小さい頃から家で祖父が、指先でタタタと拍子をとりながら練習をしている姿をずっと見ていたものですから、神楽のリズムには自然に慣れ親しんでいたように思います。
好きこそものの上手なれ、ですが、毎週の練習だけでなく、自分から進んで練習する人は上達が早い。そこにはやはり情熱が必要です。舞と演奏がぴったり合っていなければ、美しい舞台にはなりません。0.1秒ずれるだけで、崩れてしまいます。華やかな衣装は神楽の見どころのひとつですが、舞手の足さばきと演奏との息の合ったところなどにも、ぜひご注目いただけたらと思います。


感動が人との距離を近づける

「TRAIN SUITE 四季島」のお客さまにご覧いただくのは、「天降(あまくだ)り」。天照大御神(あまてらすおおみかみ)の孫が降臨するという、『古事記』を題材とした演目です。猿田彦命(さるたひこのみこと)が水先案内人として登場する祝宴の舞で、特に後半の四人舞いは、リズムが良く、美しい。非常に人気の高い演目のひとつです。
時間は25分ほどで、終了後にはいつも、会場に残ってくださるお客さまがいらっしゃいます。「時間を忘れて引き込まれてしまいました」「よくぞ継承してくださった」「皆さんと一緒に記念写真を撮っていいですか」など、嬉しいお言葉をかけてくださいます。また、イメージとは違っていた、という声も多く聞きます。神楽は全国にありますが、地方によって演目も衣装も違います。
遠野の神楽は、『古事記』のような神話や土地の伝承の物語などを題材とし、リズムもキレが良く、華やか。そして親しみやすくもあります。神事と深い関わりを持ちながら、暮らしの中で愛され、育まれてきたものです。そんな遠野の生きた神楽を、「TRAIN SUITE 四季島」にご乗車される皆さまにご覧になっていただき、遠野への興味や愛情をもってくださるきっかけになれば、という想いで、毎回、舞台に立っております。お客さまもぜひ、拍手や掛け声などで神楽に参加していただければと思います。観客も一体となって楽しむのが、遠野の神楽の魅力です。
お客さまも最初は一緒に参加される他の方々とお話をすることも少ないかと思うのですが、神楽を見た後に、違うグループの方同士が熱心にお話されているのをよくお見かけします。遠野の神楽をきっかけにお客さまの間でふれあいが生まれるのは、私たちとしてもとても嬉しいことですね。
遠野郷神楽保存推進協議会 会長 菊池 孝二 [ 文=野村麻里 撮影=小山一成 ]