「TRAIN SUITE 四季島」を支える想い
Vol.262018/10/31
走行中の「TRAIN SUITE 四季島」車内で、
お客さまを魅了する力強い津軽三味線の音。
その音色を旅の記憶に刻んでいただきたい。
演奏を担当するのは、弘前を中心に活動する三味線の達人たち。
その中心的存在である渋谷和生(しぶたにかずお)は、若くして津軽三味線の全国大会で三連覇を果たすという高い実績を誇る。
哀愁を帯びながらも迫力のある音色
-
青森県内でも津軽地方を旅されると、三味線の曲をあちこちで聞かれることでしょう。津軽三味線は、今から約180年前に発祥した、この地方独自の三味線音楽です。もともとは民謡の伴奏音楽でしたが、今は三味線だけでも演奏されます。
太棹三味線を用い、バチを三味線に叩きつけるようにして弾く、哀愁を帯びながらも迫力のある音色と曲調が特徴です。
津軽三味線は、娯楽のない時代、農家の囲炉裏端で、その音色を伴奏に、手拍子で民謡を歌う、そんな演奏のされ方をしてきました。 -
以前は柘植(つげ)のバチを使ってゆったりと演奏するのが主流でしたが、今は弾力のあるべっ甲のバチを使って三味線の皮を叩く、より激しい演奏法に変わってきています。
「TRAIN SUITE 四季島」の車内では、毎回2人の三味線奏者が民謡のプログラムを生で演奏します。津軽よされ節、津軽あいや節、そして津軽じょんから節が津軽三大民謡とされており、この3曲は必ず演奏しています。
子ども時代から民謡を習い、十代で三味線奏者に
-
私は、両親が三味線を習っていたこともあり、9歳から民謡を始め、身近にあった三味線を見よう見まねで演奏するようになりました。声変わりしたのをきっかけに三味線一本になりまして、全国的にも著名な山田千里先生に弟子入りし、中学卒業を機に青森の親元を離れて、先生が営む民謡酒場で働きながら内弟子としての修業に入ったんです。18歳から津軽三味線の全国大会に出場し、19歳で優勝。21歳のときには三連覇を果たしました。
現在は、自分の店である弘前の津軽三味線ライブハウス「あいや」で演奏するほか、弟子に教えたり、全国各地や海外でも演奏しています。 -
5月はじめのお花見や夏のねぷたまつりの時期には、JR弘前駅で津軽三味線の「おもてなしライブ」も行っており、もう14年になります。そのほか、弘前のりんご公園でのイベントや、弘前城菊と紅葉祭りなど、地元の観光地で演奏する機会も多いですね。
「TRAIN SUITE 四季島」の車内では毎回2人コンビで演奏していますが、私とその弟子を中心に、最高の演奏ができると見込んだメンバー10人ほどで演奏に臨んでいます。演奏のプログラムもメンバーで相談し、お客さまに喜んでいただけるパフォーマンスを常に目指しております。
こぎん刺しの“正装”で見も心も引き締めて
演奏の際には、いつも津軽こぎん刺しの半纏(はんてん)を身につけています。すべて手刺しの特注品で、長い時間をかけて丁寧に作られた大事な品です。津軽藩主の本拠の弘前市は、卍紋(まんじもん)を市章にしているので、その柄をあしらい、色はJR東日本のイメージカラーである緑を使用。身に纏うと心も引き締まるようで、私にとっての三味線演奏の“正装”となっています。