「TRAIN SUITE 四季島」を支える想い

Vol.632023/7/14

青森県黒石市「横町十文字まちそだて会」副理事長
木村 正幸の想い

津軽の小さな城下町を歩きながら、短い夏の彩りと残響を感じてほしい

「TRAIN SUITE 四季島」の春~秋の3泊4日コースでは、青森県黒石市で「ねぷた絵」を利用した団扇づくりと、「中町こみせ通り」の町歩きを体験することができる。団扇づくりを指導し、江戸時代から続く古い町並み散策案内をスタッフと一緒に務めるのは、黒石の町づくり組織「横町十文字まちそだて会」副理事長の木村正幸だ。
透き通った津軽の空を映したような、その柔和な瞳からは、この小さな津軽の城下町をもっと知ってほしいという、自然体で静かな想いが伝わってくる。


雪国の暮らしを伝える「こみせ」と、短い夏を彩る、黒石ねぷたの世界

青森県黒石市は津軽地方のほぼ中央、十和田八幡国立公園の北西の玄関口に位置しています。江戸時代からの町割りと「こみせ」と呼ばれる木造のアーケードの町並みが今も残る、小さな城下町です。
江戸のはじめ、黒石の初代領主・津軽信英(のぶふさ)が弘前藩津軽家から五千石を分知されて町を整備し、その際、豪雪や吹雪の吹き込みを防ぐ「こみせ」づくりを奨励しました。「こみせ」は、かつて東北各地で見られましたが、黒石のようにまとまった形で保存・活用されているのは、大変めずらしいと思います。深い庇が延々とつづく、目抜き通りの「中町こみせ通り」は、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されています。
夏の津軽地方では、青森、五所川原、弘前と、各地でねぷた祭りが開催されますが、黒石でも、この「中町こみせ通り」をメインに、町内各所で大小のねぷたが運行されます。
2015年に、黒石のまちづくり組織である「横町十文字まちそだて会」で、「ねぷた絵」を再利用した「団扇づくり体験」を始めました。「ねぷた絵」というのは、山車に描かれる色鮮やかな武者絵や美人絵のこと。絵の題材は、水滸伝や三国志など中国の物語や、源平合戦の歴史もの、桃太郎の鬼退治の民話など、さまざまです。「ヤーレヤーレヤー」という、威勢のいい掛け声の響きとともに、夜空に浮かび上がる様子は、夢のような美しさです。しかし祭りが終わると、貼られていた絵は捨てられてしまいます。そんな夏の彩りと歓声を閉じ込めたような「ねぷた絵」を何とかもう一度蘇らせられないか、そんな思いで始めました。


幻想的な「ねぷた絵」を活かした団扇づくり

黒石ねぷたの特徴は、弘前や青森と比べて絵柄が繊細なことでしょうか。道幅が狭いため山車が小ぶりで、「ねぷた絵」を間近でも美しく見てもらえるように、絵師さんは細かいところまで気を配ります。
団扇づくりは、観光交流施設「松の湯交流館」で行います。かつては旅籠屋、その後は銭湯だった館内は、懐かしい雰囲気です。「TRAIN SUITE 四季島」のお客さまには、最初、団扇の形に切ったいろいろな「ねぷた絵」から、お好きな絵柄を選んでいただきます。おそらく感覚的なものですけど、皆さん、とても迷われますね。それから団扇の形に切り取った絵柄と無地の紙で竹骨を挟んで、のりで丁寧に貼り付けます。最後は形を整えて、縁に細い紙を貼っていけば出来上がりです。和気藹々と互いの団扇を見せ合いながら、皆さん、手作業に集中されています。
そうして出来上がった団扇を、最後に一斉に天井の照明にかざしていただきます。厚手の和紙を通して幻想的な彩りが浮かび上がり、皆さん、うっとりと眺めておられます。そこに流れる不思議な空気が好きですね。「世界でひとつだけ」のねぷた団扇の完成です。


「ありもの活かし」。自然体で町の魅力を伝えていきたい

私は黒石で生まれ育ち、いまは弘前でグラフィックデザインの仕事をしていますが、住まいはずっと黒石です。団扇づくりのあと、「TRAIN SUITE 四季島」のお客さまを町歩きにご案内しています。目抜き通りの中町こみせ通りのほか、古くからの造り酒屋、文化財に指定されている邸宅や津軽地方独特の美しい庭園、ランドマークの消防署など、この町には見どころがたくさんあります。
「横町十文字まちそだて会」の活動は、「ありもの活かし」が基本です。町おこしのために新しいハコものをつくることはやっていません。もともと黒石には、他の町にはないものがたくさんあります。まずそれをきちんと伝えていこうということです。
黒石の魅力は、観光地化されていない素朴なところ。だから、あるものを活かして、伝え方を工夫していくことが大事だと思っています。ここ数年は新型コロナウイルスの感染拡大で、黒石でもねぷた祭りが開催されない状況が続きました。昨年は3年ぶりに開催されましたが、以前は50基ほどが出ていた合同運行へのねぷたの出場は13基でした。今年は30基ほどにまで回復しそうな見込みです。今年の夏は、さらに町が活気づきそうです。
これからも自然体で町の魅力を伝えていきたいと思っています。「TRAIN SUITE 四季島」のお客さまには、そんな素朴な小さな町を少しでも感じていただければ嬉しいです。
青森県黒石市「横町十文字まちそだて会」副理事長 木村 正幸 [ 文=鈴木伸子 撮影=小山一成 ]