トランヴェール Train Vert
トランヴェール 2020年3月 千葉/茨城/福島/宮城

2020年 3月号 特集
常磐線、文学つまみ食い
途中下車の旅

2020年3月に全線運転再開となった常磐線。その沿線には、日本文学を語る上で欠かせない文人たちゆかりの場所が多く、地元の人々の尽力で設立した文学館や記念館などが点在している。常磐線に乗ってそれらを訪ねながら、作品世界や文人の人となり、交友録にゆかりの観光名所まで、文学的な素養がなくても楽しめる、文学をつまみ食いする旅に出た。

我孫子駅、
白樺派と手賀沼

手賀沼の夕景

常磐線で、東京都心から仙台へと向かう旅。最初に訪れたのは、千葉県の我孫子(あびこ)駅から南へ約1.5キロメートルの手賀沼公園である。周辺は開発されたとはいえ、沼には葦が茂り、沼を囲む森や林の緑はまだ残されている。今から100年ほど前、このどこか心和む風景を求めてやってきた文筆家、美術家の集団がいた。主に学習院の学生が始め、日本文学に大きな足跡を残した総合芸術雑誌『白樺』の同人を中心とした、白樺派(しらかばは)である。

白樺文学館

白樺派のメンバーには、小説『和解』『暗夜行路』で有名な作家の志賀直哉(しが・なおや)や民藝運動の中心人物として知られる柳宗悦(やなぎ・むねよし)、柳の友人でイギリス人陶芸家のバーナード・リーチなどがいた。彼らは手賀沼のそばに移り住み、交流を深めていった。現在も白樺文学館(写真)や志賀直哉邸跡など、白樺派の交友関係がうかがえるゆかりの場所が集まっている。

白樺派のカレー

我孫子には、柳の妻・兼子が作った「白樺派のカレー」の逸話がある。当時カレーは先進的な料理。兼子は家でカレーを作り、志賀直哉らに振る舞うこともあったが、そのカレーに隠し味として、みそを入れることを薦めたのがバーナード・リーチだった。往時を想像して復刻したカレーが、手賀沼公園の生涯学習センター「アビスタ」内のカフェ「ぷらっと」で提供されている。みそ味のカレーを恐る恐る味わってみると、スープカレー風で、かすかにみその風味があり、ご飯によく合う。