トップメッセージ
過去と現在を結び、「未来への扉」を開く
本日の舞台である、ここ、「TAKANAWA GATEWAY CITY」は、構想から20年を経て、2026年3月28日に第1期のグランドオープンを迎えることができました。
「TAKANAWA GATEWAY CITY」が立つこの高輪は、明治5年(1872年)に日本で初めて新橋-横浜間に鉄道が開業したルート上にあります。その意味で高輪は、私たち鉄道人にとって「始まりの地」となります。また鉄道が、明治日本の近代化の象徴であったことを考えると、「日本のイノベーションが始まった地」とも言えます。さらに遡れば、この地に江戸の玄関口と言える「高輪大木戸」という関門が置かれ、東海道の起点となっていました。これが「ゲートウェイ=玄関口」という呼称の由来です。
私たちはJR東日本グループの新しい成長の基盤となる高輪の開発にあたって、このような土地が持つ歴史や系譜を継承したいという考えから、この街をグローバルな視野に立ち、100年先の未来を見据え、新たなイノベーションを創造する「実験場」というコンセプトを定めました。このようなコンセプトは、JR東日本グループの単独のまちづくりだから立てることができたと言えるでしょう。
私たちはこの「実験場」において、「健康寿命100年」に向けた医療分野への挑戦、「水素やGX」によるエネルギー課題への挑戦、そして次代を担う人材を育成する「知の開国」を大きなテーマに掲げています。これらはいずれもこれからのJR東日本グループの成長の大前提となる日本社会の課題です。すでに医療分野では、AIを活用してCT画像から大腸がんを発見する新たな検査技術が生まれ、街区内のクリニックでの実装に向けた準備が進んでいます。またエネルギー分野では、日本最大級となる地下蓄熱槽を中心に街全体の冷暖房を支えるエネルギーシステムを構築するとともに、水素のモビリティでの活用や都市生活での利用の実証にも取り組んでいます。高輪は、社会課題の解決と新たな価値創造を両立する未来のモデルを生み出す場でもあるのです。
「TAKANAWA GATEWAY CITY」の開発中に、前述の日本初の鉄道が敷かれた明治時代の遺構が出土しました。当時は、海の上に土手を造って汽車を走らせたのですが、その築堤が良好な状態で見つかったのです。私たちにとっても想定外の出来事でしたが、過去と現在と100年先の未来をつなげていく時間軸が、まちづくりという大きなプロジェクトを通して、くっきり浮かび上がって見えたように感じました。
私は社長として、JR東日本グループの歴史に大きな転換点を画し、そこから新しい時代の扉を開け、未来のJR東日本グループを創り上げていくことが、自らの使命であると認識しています。「TAKANAWA GATEWAY CITY」の開業というシンボリックな光景に自らの使命を重ね、その想いをますます強めています。
不易流行「究極の安全」と「変革」
2024年4月より代表取締役社長に就任し、2年余りが経過しました。グループ経営のトップとして、日々さまざまな課題に直面しながら、常にベストな判断と対応を求められる立場を意識しています。その中で特に私が大切にしているのは、「不易流行」という考え方です。松尾芭蕉が示した俳諧の理念として、茶道の世界でも用いられている言葉で、「不易」は変えてはならないものごとの本質を指し、「流行」は時代に合わせた変革を指します。
鉄道を祖業としお客さまと幅広い接点をもって事業活動を行っているJR東日本グループにとって、「不易」にあたるものは、言うまでもなく安全の確保であり、これを経営のトッププライオリティとして堅持しなければなりません。絶対の安全というものは存在せず、安全対策に終わりはないという謙虚な姿勢で安全に向き合い、グループ社員による日々の地道な取組みを通じて、不断に安全レベルを高めていくこと。この安全哲学を私たちは「究極の安全」という言葉で表し、安全教育をはじめ、ヒューマンエラーをなくすために各種装置やシステムの導入・活用を進めるなど、対応に力を入れてきました。しかし、この2年間を振り返ると、新幹線の走行中における列車分離や、首都圏路線において停電事故による大きな輸送トラブルを相次いで発生させてしまいました。これは私にとって痛恨の極みであり、自分の至らなさを痛感しています。「究極の安全」への決意を新たに、これからも不断の取組みを続けてまいります。
一方、「流行」として捉えられる変革では、JR東日本単体の変革になりますが、後に詳しく説明する人事賃金制度の抜本改正や、組織の再編による事業運営体制の刷新があります。これらは社員の就労観の変化等を捉え、国鉄を乗り越えようという意識で進めてきたものです。また、「TAKANAWAGATEWAY CITY」のグランドオープンと同時に、大井町の社宅跡地で開発を進めてきた「OIMACHI TRACKS」のまちびらきが行われ、「広域品川圏」という一大エリアの共創まちづくりが本格始動しました。都市生活のイノベーションにより首都東京の新たな価値を創出することで、2030年代半ばまでに年間収益規模1,000億円を超えるような成長基盤となります。
もう一つ「流行」の取組みとして挙げたい変革は、交通系ICカード・電子マネーとして広く普及した「Suica」の進化を、「Suica Renaissance」という形で発表したことです。これを私は、経営上のエポックメイキングになる変革と捉えています。「Suica」は2001年の誕生時にはチケッティングに革命的変化をもたらした画期的なデバイスでしたが、25年経つうちに競争相手も多く現れ、必ずしもトップランナーとは言い切れなくなってきました。Suicaを「移動と少額決済のデバイス」からお客さまや地域の皆さまの幅広い生活につながる「生活のデバイス」へと進化させることで、私はかつてのステータスをもう一度取り戻すことができると確信しています。ここで大切なことはスピードとグループ内外での連携でしょう。
「勇翔2034」の数値目標を上方修正
2025年度の連結業績は、すべてのセグメントで増収・増益を果たし、営業収益3兆円突破という象徴的な成果を上げることができました。特に鉄道運輸収入は、コロナ禍直前、過去最高であった2018年度の99.6%まで届きました。2026年度の鉄道運輸収入は前年比105.2%を見込んでおり、これは運賃値上げが無かったとしても2018年度を超える規模です。鉄道はポストコロナのステージから次のステージへ向かうことができるようになったのです。これは社員一人ひとりの日々の仕事の積み重ねがもたらしたものであり、非常に誇らしく思います。
生活ソリューションは、2025年度において、「TAKANAWA GATEWAY CITY」のグランドオープン、「OIMACHI TRACKS」のまちびらきという二つのトピックスとともに、今後の成長のエンジンと位置付けている不動産事業においても大きな画期を成すことができました。2026年4月には、伊藤忠グループと不動産分野における子会社の経営統合による新会社を10月に設立し、両グループの強みを融合させ、不動産事業の拡大と加速を実現することを発表しました。また不動産の回転型ビジネスモデルによる拡大を見込み、不動産ファンド事業における2031年度の資産運用規模目標を1兆円から1兆2,000億円へ上方修正するなど、次のステージへ向かうベースが確立できました。
こうした新たな成長への大きな手応えを踏まえ、「勇翔2034」の数値目標を見直し、2031年度における営業収益「4兆円超」を「4.3兆円程度」へ上方修正しました。
このたびモビリティでは当社発足以来事実上初めての運賃改定と鉄道の基礎需要のステージアップを実現し、生活ソリューションでは「Beyond the Border」の数値目標のスケールアップと前倒しを織り込むことができました。私たちは、二軸経営の成長力が当初の想定を上回るだけでなく、インフレ環境下においても持続的な成長を実現できることに確かな手応えを感じています。中長期計画の数値目標を発表から1年足らずで見直すことは極めて異例のことですが、今回の見直しは、JR東日本グループの成長力への自信と決意をステークホルダーの皆さまに示すものです。
ヒト起点のマーケットインがめざすもの
私たちは、モビリティと生活ソリューションのシナジーを活かした、JR東日本グループならではの鉄道ネットワーク型まちづくり「J-TOD」を推進しています。もちろん「TAKANAWA GATEWAY CITY」と「OIMACHI TRACKS」も、その一環としてのプロジェクトです。
高輪では、「TAKANAWA GATEWAY CITY」のまちびらきの5年前、2020年に山手線の新駅として高輪ゲートウェイ駅を開業しました。鉄道アクセスの利便性により、高輪のまちの価値が高まり、オフィスビルの周辺を上回る単価や集客力の創出につながりました。一方「TAKANAWA GATEWAY CITY」のまちびらき以前、高輪ゲートウェイ駅の利用客数は、1日約2万人にとどまっていましたが、まちびらきを迎え、将来的にオフィスへの入居が進めば約24万~25万人規模の駅へと発展する見込みです。この手応えから、安定稼働時の年間営業収益の想定を、「TAKANAWA GATEWAY CITY」は570億円から650億円へ、「OIMACHI TRACKS」は130億円から150億円へ上方修正しました。自社用地を活用し、こうした高い収益性を創出できるのは、鉄道を中心としたモビリティと生活ソリューションの二軸を同じ事業体として有するJR東日本グループだからこそできる開発モデルと言えるでしょう。
こうした「J-TOD」の取組みの根底にあるのが、当社が掲げる「ヒト起点のマーケットイン」です。「ヒト起点」という考え方は、2018年に策定したグループ経営ビジョン「変革2027」で初めて掲げました。その策定に総合企画本部長として携わった私にとっても、強い思い入れのある言葉です。
会社発足からの30年間、私たちは鉄道インフラを起点に事業を発展させてきました。それは鉄道の復権と再生という国鉄改革の目的に沿ったものであり、決して間違いではありません。しかし、この先の時代を見据えたとき、起点とすべきは鉄道インフラではなく、お客さまや地域の皆さま、株主・投資家の皆さま、そしてグループ社員とその家族を含むすべての「ヒト」であると考えました。
さらに「勇翔2034」では、この「ヒト起点」に「マーケットイン」の考え方を加え、さらに昇華させました。社会やお客さまの潜在ニーズを捉え、私たちが培ってきた「強み」を活用することで、JR東日本グループにしかできない、新たなビジネスを創造していきます。
「Suica Renaissance」が拓いていく未来
「ヒト起点のマーケットイン」によるビジネスを展開していくうえで、今後のキープラットフォームとなるのが「進化するSuica」です。モビリティと生活ソリューションは、いずれもお客さまとのリアルな接点を持つビジネスであり、この二軸をしっかりと伸ばしつつ、双方を融合させて当社グループにしかできない価値を生み出していくというのが、私のめざす経営構想の基本にあります。私は、その構想を具現化するベースに「Suica」を置き、デジタルの基盤である「Suica」の上にリアルな二軸のビジネスの成長を築くという考え方で、「Suica生活圏」の拡大を図ります。
「Suica生活圏」とは、移動だけでなく、買い物、居住、医療、金融、行政手続きなど、あらゆる生活シーンを「Suica」でシームレスにつなげていくものです。そこでの決済もas a serviceという位置付けになります。私はあえて、「経済圏」という言葉を使わず、「生活圏」という言葉を使うようにしています。お客さまが意識するしないに拘わらず、当社グループが提供する多様なサービスを「Suica」を通じてご利用になっている。そうした日常生活への浸透を理想とし、めざす世界観を「生活圏」と表現しています。
2024年12月に発表した「Suica Renaissance」により、「Suica」の進化は、いよいよ本格化しています。さらなる利便性の向上と機能の拡充によって「Suica」を進化させ、「モバイルSuica」を2025年度の4,214万台から、2031年度に7,000万台へ拡大し、「Suica生活圏」を拡げていきます。2026年秋には、新たなQRコード決済「teppay」の搭載により、従前の2万円という電子マネーの上限を超え、30万円までの高額なお買い物が可能となります。当社グループのハウスカード「ビューカード」とひも付ければ利用限度額まで使えるので、事実上事前チャージが不要となります。また、タッチをすることがご不便なお客さまもいらっしゃいますので、超広帯域無線技術(UWB)を使用し、改札機へのタッチを不要とするウォークスルー改札を、2027年春から広域品川圏の5駅(高輪ゲートウェイ、品川、大井町、田町、浜松町)を含めた10駅程度から試行導入を開始する予定です。
この他、行政サービスやMaaSなど地域のさまざまなニーズを取り込んだサービスを提供する「ご当地Suica」は2027年春から群馬県内及び宮城県内で先行スタートします。「ご当地Suica」は二拠点居住のベースとなるプラットフォームにもしていきます。「TAKANAWA GATEWAYCITY」のレジデンスでは、帰宅時に改札を通過すると自宅の家電があらかじめ作動したり、宅配業者の配送タイミングを合わせるなど、「Suica」との連携によるスマートホームサービスの実証実験を進めていきます。ユーザーの睡眠や健康データに基づくウェルネス&ヘルスケアサービスの提供も実証テーマの一つです。「Suica」が改札から離れ、ユーザーの生活そのものに密着していく未来がすぐそこまで来ています。
「Suica Renaissance」により、営業利益で250億円+αの効果を見込んでいます。このαの部分が、まさにこれから大きくなっていきます。JR東日本グループでは、2027年春より磁気乗車券からQR乗車券へ切り替えていきますが、同時に「Suica」によるチケッティングの改革を進めることで、券売機や改札機を整理し、そのスペースで新たな事業・サービスが可能となり、これまでにない収益力の向上の場となります。券売機や改札機の台数削減によるメンテナンスコスト低減も見込んでおり、収益拡大とコストダウンの両面からビジネス成長を実現します。モビリティと生活ソリューション双方のステージアップに、「Suica Renaissance」は大きく寄与するのです。
真の技術サービス企業グループとして
「勇翔2034」では、成長を支える最重要コンセプトの一つに「真の技術サービス企業グループ」となることを掲げています。鉄道を中心としたモビリティも、生活ソリューションも、本質的にはお客さまとの接点を持つサービス業です。しかし、単なるサービス業ではありません。技術の力によってイノベーションを生み出し、新たな価値を創造することで成長していくサービス企業グループでありたい。その想いを込めています。
これまでも当社は、安全レベルの向上や日本初となる交通系ICカードSuicaの導入など、技術を活用しながら新たな価値を生み出してきました。今後はAIやデジタル技術をはじめとする先端技術をさらに取り込みながら、既存事業の競争力を高めるとともに、新たな事業機会の創出にもつなげていきます。
技術力によるイノベーションは、当社グループの成長を支える大きな原動力です。私は2026年度を「DX・AI元年」と位置付け、サービスや業務へのAI導入やデジタルの活用を加速する方針を打ち出しました。モビリティでは、輸送障害発生時の設備点検にAIによる画像解析やドローンを導入し、線路メンテナンスにおいても分析プラットフォームの機能拡充や、線路内自律走行型ロボットによるメンテナンス業務の高度化などを進めています。また窓口業務においても今後数年のうちに、「みどりの窓口」で基本的にはAIがお客さまのご要望を伺い発券できるようにしたいと考えており、2026年7月には立川駅と大宮駅で実証実験を開始しました。
これからの企業経営において、AIを活用しないという選択肢はあり得ないと考えます。一方で課題として、AIを使いこなせる人材の育成やAIリテラシーの向上が急務になってきます。AIの活用については、AIが仕事を奪っていくというネガティブな考え方がありますが、私はそうは思いません。AIに任せられることは任せ、それによって新たに生み出された時間やリソースを、人にしかできない価値創出に振り向けることができると捉えれば、社員の活躍のステージが拡大することができるとポジティブに評価すべきです。
そうした社員の新しい活躍のステージをつくり、それをグループの成長につなげていくことが、AI時代の経営課題になるでしょう。
私たちはAIやデジタル技術にとどまらず、宇宙も新たな価値創造のフィールドの一つとして位置付けています。人工衛星との通信を活用した次世代の安定輸送システムや、地方におけるウォークスルー改札の実現など、これまでの「当たり前」を大きく変えるサービスの創出に挑戦していきます。
輸送トラブル根絶に向けた対応と決意
当社はこの2年間に大きな輸送トラブルを相次いで発生させてしまいました。お客さまに大変なご迷惑とご不安、ご心配をおかけしたことに、社長として心からお詫びを申し上げます。
一つひとつの事故には、それぞれの原因があり、機器の取り扱いミスなども含めて、何らかの人為的な誤りがあります。しかし、はっきりと申し上げておきたいのは、これは社員一人ひとりの仕事の問題にするべきではなく、そうした仕事をさせてしまっている私たち経営陣のマネジメントの問題として捉えなくてはいけないということです。
JR東日本グループにおいて、モビリティに携わっている社員、生活ソリューションに携わっている社員を問わず、いい加減な仕事をしている者は一人もいないと考えます。自分たちが公益を担っているということを自覚せず、お客さまの大切な生命や財産、そして一緒に働く仲間の生命を預かっていることを忘れ、おろそかにして仕事をしている社員はいません。強い使命感と責任感を持つ社員と一緒に仕事をしていることを、私は誇らしく思っています。
それにもかかわらず、こうした輸送トラブルを起こす仕事をさせてしまったことについては、突き詰めれば社長である私の経営者としてのマネジメントが問われている。そのように受け止めています。
私は2026年2月10日に、一連の輸送トラブルに対するお詫びのコメントとともに、6項目からなる「今後の取組み事項」を公表させていただきました。この6項目は、私自身が考え、周囲とも相談しながら定めたものです。中でも1項目目には、従来の仕事の手順を抜本的に見直すことを掲げました。お客さまに大きなご迷惑をおかけしたり、お客さまの生命に関わるような作業については、手順そのものを見直し、チェック体制の強化やシステム導入などにより、重大なトラブルを未然に防ぐ仕組みへと改めていきます。
これらの取組みを確実に実行し、輸送トラブルの根絶はもとより、生活ソリューションも含めたJR東日本グループ全体の安全レベルを高めていきます。
ガバナンス・コンプライアンスの信頼回復
私たちJR東日本グループは今、世の中から二つの意味での信頼を問われています。一つは、先に申し上げた鉄道の安全安定輸送に対する信頼です。もう一つは、ガバナンスとコンプライアンスに対する信頼です。
2024年から2025年にわたり、当社及びグループ会社において、車両整備における輪軸圧入力値の改竄、国等からの受託事業における不正請求、さらには独占禁止法に抵触するおそれのある行為などが相次いで明るみに出ました。これらはいずれも、ステークホルダーの皆さまからの信頼を大きく損なうものであり、ガバナンスとコンプライアンスに対する私たちの姿勢そのものが問われる事態であったと重く受け止めています。
こうした事象を受け、私たちはこれを個別の問題ではなく、グループ全体のガバナンスとコンプライアンスのあり方が問われている事態だと受け止めています。そこで2025年7月に有識者委員会を設置し、外部有識者による徹底的な検証を実施するとともに、改善策の策定に取り組みました。2026年3月にはガバナンス・コンプライアンスの改善策を公表し、「JR東日本グループにおける内部統制の基本的な考え方」を更新するとともに、グループ全体での推進体制を整備しました。グループ社員に向けては、私自ら組織や職場の健全さを取り戻し、健全なグループを実現していくことの重要性を呼びかけています。
そして2026年6月、グループ全社員がよりどころとする行動指針として、「JR東日本グループの『決意と約束』」を制定、発表しました。「決意と約束」は、JR東日本グループで働く社員一人ひとりがコンプライアンスを遵守し健全な企業グループを再構築していくという自らの決意と、社会に対する約束を示した指針です。JR東日本グループが健全な企業グループとして新たな歩みを始め、失われた信頼を取り戻していく。その覚悟を社会の皆さまにお示ししたものです。
一日も早くガバナンスとコンプライアンスに対する信頼を取り戻し、さらにそれをより強固なものにしていくことが、私たちの大きな責務であり、経営上の重要課題であると認識しています。
社員が働きがいと成長を実感できる組織へ
JR東日本グループでは今、約10万人の社員が働いています。その一人ひとりが成長意欲に溢れた人材であり、各職場で高い能力を発揮し、活躍しています。私たち経営陣の課題は、価値創造の「主役」であるグループ社員が、自らの能力をさらに高めながら、今以上に働きがいと成長を実感できる活躍のステージを拡大し、それをグループの成長につなげていくことです。2026年7月1日付で実施した組織再編では、これまで駅などの第一線職場を地理的エリアで管轄していた2本部・10支社を廃止し、マーケットインの観点でまとめた36の事業本部体制に再編して、組織をフラット化するとともに、第一線の職場に観光開発や地域課題の解決といった経営の権限を大きく移管しました。これまでは、現業と非現業という仕事の区別をしてきましたが、その区別をなくして、社員一人ひとりが自らの発意でチャレンジし、価値を創造できる仕事の体制へ転換したと言えます。今まで以上に成長と働きがいを実感できる活躍のステージを創出することで、社員と会社のエンゲージメントを強めていく。それが取りも直さず、グループの成長を大きく推進する力になっていくと、私は確信しています。
また、この組織再編によって廃止される2本部・10支社は、いわば中間ホワイトカラー層であり、今は重要な役割を担っていますが、近い将来にはAIによって置き換えられていくと思います。それが現時点で想定されるのであれば、今、組織を見直し、本部・支社を第一線の職場と融合させる意味は大きいでしょう。組織の再編によって、安全でも、サービスでも、地域課題の解決でも、今まで以上にきめ細かく、かつスピーディーに対応できるようになります。
もう一つ人材に関わるところで、組織再編に先立ち人事・賃金制度の改定を2026年4月1日付で実施しました。当社の人事・賃金制度は、会社発足からマイナーチェンジを重ね、直近の一番大きな改正は、2012年に私が人事部の担当次長として作ったモデルチェンジになります。その時に積み残した課題を、今回の人事・賃金制度でほぼ解消したつもりです。
大きなポイントとして、社員の成長が会社の成長を支えるという観点から、昇給に際して社員の成長を今まで以上にきめ細かく受け止め、評価できる制度にしました。
それまでは同じ職層であればいわゆる定期昇給においては8割以上の社員が同一額でほとんど差がつかない形でしたが、新制度になって社員の頑張りを細かく反映できるようになりました。
また鉄道輸送のクオリティーがすべての社員の関わりにより維持・向上しているという実態を賃金からも明らかにするという観点から、駅員、乗務員、メンテナンスといった第一線と、バックオフィスの仕事に優劣をつけず、全社員に一律の業務手当を出す形としました。これも大きなポイントになると思います。組織の再編と人事・賃金制度の改正は、「勇翔2034」を推進する両輪に位置付けています。
ステークホルダーと共に描く未来
私が社長就任以来大切にしている考え方が、「四方良しの経営」です。
私たちは「より良い世の中」を創る、つまり利益成長と社会課題の解決の両立をめざして事業活動をしています。そして、その事業活動によって得られた利益をお客さまや地域の皆さま、株主・投資家の皆さま、グループ社員とその家族へ還元するとともに、次の成長への投資につなげていく。この好循環を生み出していくことが「四方良しの経営」の考え方です。
少子高齢化や地域の人口減少、エネルギー問題など、私たちを取り巻く社会課題はますます複雑化しています。しかし私は、そうした課題に真摯に向き合い、事業を通じてその解決に貢献することこそが、企業の持続的な成長につながると考えています。
一方で、企業は単に持続可能であるだけでは十分ではありません。今までの延長線上にとどまるのではなく、時代の変化を先取りし、非連続な成長を実現することが求められます。私は「勇翔2034」によって、その飛躍に挑戦していきます。
「四方良しの経営」を実践するうえで、私がそれぞれのステークホルダーの皆さまにお伝えしたいことがあります。
お客さまや地域の皆さまには、「Suica生活圏」の構築により、今まで以上に利便性が高く、心の豊かさを感じていただけるコミュニティを実現し、当社グループへのご期待に応えていく所存です。都市には都市に求められる形で、地方には地方に求められる形で、そしてグローバル展開においてもそれぞれの地域で求められる形で、皆さまのご期待にしっかりお応えしてまいります。これは単なる構想ではなく、我々だからこそできる、或いは我々でしかできない実現可能なプランとしてお話ししています。
株主・投資家の皆さまにぜひお伝えしたいのは、人口が減少していく日本において、ともすれば鉄道事業は成長が期待できないという見方をされがちですが、JR東日本グループの鉄道事業は「成長事業」であるということです。着席ニーズを捉えた中央線快速のグリーン車サービスが想定を上回るトップラインを記録しているように、都市や地方のニーズをきめ細かくビジネスにつなげれば、まだまだ伸ばす余地があります。モビリティ中長期成長戦略「PRIDE & INTEGRITY」の2031年度の営業収益目標を2,000億円から3,000億円へ上方修正したのもその確信の現れです。
一方生活ソリューションでは、我々は十分にその可能性をビジネス化できていないと思っています。新宿、渋谷、池袋、上野といった都心の巨大ターミナル周辺の再開発計画に加え、千葉駅近傍の支社跡地や、大宮駅、横浜駅東口などもいろいろな事業者さまと一緒にまちづくりをしていきます。首都圏において大規模社有地を保有していることから、モビリティと生活ソリューションの連携により開発用地(シーズ)を創出するとともにモビリティにより開発価値を増進できることが我々の強みです。
また株主還元については、2027年度には配当性向40%へ引き上げていく方針を定めています。これに基づき2026年度は、年間配当額1株当たり84円、配当性向37.2%を予定しています。自社株買いについては、成長戦略を推進する中でキャッシュ・フローの状況を踏まえて検討していきます。引き続き中長期的な成長にご注目いただければ幸いです。
最後に、重要な内部ステークホルダーであるグループ社員の皆さんには、さらなる成長と活躍のステージを拡大し、そこから生まれてくる利益を労働条件や職場環境の改善、健康経営への投資を通じて還元していく考えです。そして皆さんが「JR東日本グループで働いてよかった」と心から誇れる会社を実現してまいります。
経営トップとしてのミッションと決意
私は、JR発足後の第1期生として入社した世代であることを強く意識しています。国鉄からJRという民間会社への移行を本当の意味で完成させるため、大胆かつ果断に改革を進め、JR東日本グループの新しい時代への扉を開き、力強く歩み出すこと、その方向性をしっかり示すことがJR世代初の社長としての私の使命だと受け止めています。
この未来への展望を確実に果たすため、時間軸を意識し、あらゆる施策を可能な限り「前倒し」で実現していきます。そして、スピード感を持って、むしろ世の中の流れをリードするために、これまでのインフラ企業にありがちだった「自前主義」へ固執することを脱却させます。外部に私たちより優れたノウハウ、最先端の技術、知見があるのであれば、オープンマインドで積極的に手を結び、融合と連携を推進していきます。もちろん、私たちの事業における主導性を失わないという一点は揺るぎなく守り抜きますが、国内外の多様なパートナーと手を取り合うという企業マインドそのものを創っていくことも、私のミッションと捉えています。
JR東日本グループは必ず新しい時代を切り拓き、大きく成長してステークホルダーの皆さまのご期待に応えてまいります。私たちにはそれが実現できると確信しています。
経営・業務に対する基本スタンス
「これからのために今を変えていく」―入社時から今も変わらぬ使命感
私は、1989年、JR東日本発足以降で初めての事務系総合職として入社しました。研修終了後最初に配属されたのが、今回、撮影の舞台とした上野駅です。当時、上野駅は、新幹線をはじめ、東北や上信越方面への特急や夜行列車の始終着駅として多くのお客さまのご利用があり、非常に賑わっていました。私は、この上野駅で改札と出札(みどりの窓口)の仕事に従事しました。私の「鉄道人」としての原点は、ここ上野駅にあります。
JR東日本は、私が入社する2年前の1987年、経営破綻した国鉄の分割民営化により誕生しました。国鉄改革と言われていますが、いち利用者として見た国鉄は、毎年春には利用者を無視したストライキをするし、トイレなどの駅設備やサービスは劣悪で、非常に酷い組織という印象でした。それが分割民営化により、文字通り一夜にして大きく変わった、そしてさらに大きく変わろうとしていました。私の入社動機は、必ずしも明るい未来が展望できていたわけではありませんが、大組織が大きく変わろうとしている創業の気運に自分自身のキャリアを重ね合わせ、新しい会社を創っていく広大無辺のチャレンジに自分も携わってみたいということにありました。
上野駅で従事した改札や出札の仕事は、もちろん大切な仕事とは思いつつも、このようなアナログな世界を変えていかなければ、鉄道に未来はないという思いを日々強くしていました。また、駅構内はお客さまで溢れていましたが、ご利用できるのはKIOSKと軽食店舗くらい。活用の視点を変えたら、もっと多様なビジネスチャンスがあるのではないか、という考えも当時から持っていました。実際、Suicaが改札を抜本的に変えましたし、エキナカビジネスは上野駅から始まりました。
これまで私は、「これからのために今を変えていく」という入社時に抱いたWillを大切にし、「我々がやらねば」という強い思いで日々の業務や経営に携わってきました。不透明感が増す厳しい経営環境の中、事業全般にわたる構造改革を加速させているJR東日本グループは、私にとって第2の創業期にあると言えます。そうした時に社長としてその先頭に立っていることに、不思議な縁を感じています。
「変革2027」の振り返り
「すべての社員が主役」という意識改革がグループ全体へ着実に浸透
2018年にスタートしたグループ経営ビジョン「変革2027」は、当時、経営企画部長であった私が実務責任者として策定しました。「変革」という名が示すとおり、安全を経営のトッププライオリティーとして堅持しながら、事業全般にわたる構造改革を断行しなければ私たちの未来はない、という強い思いを込めたグループ経営ビジョンです。その意味において、当社グループにとって初めてとなる10年という中長期の時間軸を置きました。
「変革2027」がスタートしてからの7年間、さまざまな大きな変化がありました。その中でも私が最も大きな変化の手応えを感じているものが、グループ社員の意識と行動の顕著な変化です。「変革2027」が初めて掲げた、JR東日本グループのすべての社員が新しい時代構築の「主役」であるというキーフレーズを、グループ社員一人ひとりがしっかり受け止めてくれました。そして職場や地域、会社間の壁を越えた「融合と連携」により、活躍のステージを拡大するさまざまなチャレンジを繰り広げてくれました。コロナ禍の中でも決して委縮することなく、むしろ不断のチャレンジにより職場を変え、グループを強くしていったことが、ポストコロナにおいて業績を急回復させたエネルギーになったと思います。こうしたグループ社員のチャレンジは、今も歩みを止めていません。
一方で、経営のトッププライオリティーに位置づける安全においては、一昨年来、お客さまに多大なご迷惑ご不安をおかけする事故、事象を発生させてしまいました。またこの1年、グループガバナンスの在り方が大きく問われる不正行為や不祥事が起こっています。私は、大きな反省と厳しい教訓を、「変革2027」が達成した成果とともに、新しいグループ経営ビジョン「勇翔2034」に繋げていく決意です。
グループ経営ビジョン「勇翔2034」でめざすもの
安全を経営のトッププライオリティーとして堅持し、
果敢なチャレンジで成長をステージアップする
JR東日本グループは、2025年7月1日、新たなグループ経営ビジョン「勇翔2034」を始動させました。「勇翔」は私自身が名付けた造語で、ここには、社会・経営環境が大きく変わろうとしている今こそ、失敗を恐れず、勇気をもって翔び立つときであるという強い決意を込めました。
「勇翔2034」においても、次の3点は「変革2027」から変えずに継承しています。1点目は、「究極の安全」の追求がグループ経営のトッププライオリティーであるということです。ただ、新しいグループ理念においては、「安全」を「安心」に置き換えました。これは、この間の大きな反省点や教訓を踏まえ、私たちのサービスや商品のご利用者であるお客さまの視点から「安全」を捉え直したことによるものであり、「安全」について、自らにこれまで以上に高く厳しいハードルを課したことを意味しています。2点目は、グループで働くすべての社員が「勇翔2034」の目標達成に向けた「主役」であるということです。そして3点目は、技術によるイノベーションを通じて安全やサービスレベルを高めるとともに、業務を変革していく「技術サービス企業グループ」をめざしていくということです。
そのうえで「勇翔2034」では、「主役」であるグループ社員の新しいチャレンジにより、これまでの「当たり前」を超え、鉄道を中心としたモビリティと生活ソリューションの二軸で支える強靭な経営構造の構築をめざしています。私たちがチャレンジする価値創造のフィールドとして、これまでの「都市」「地方」「世界」に、新たに「宇宙」を加えたのも、またフュージョンエネルギー(核融合発電)の開発と利活用を新たな取組み課題として掲げたのも、この「当たり前」を超えるということの一環に他なりません。
そして、鉄道を中心としたモビリティと生活ソリューションのそれぞれを強化していくとともに、TAKANAWA GATEWAY CITY開発に象徴されるように、この二軸を持つJR東日本グループだからこそできる強みをビジネス化することで、「変革2027」が描いていた成長軌道をさらに大きくステージアップしていきます。
「勇翔2034」の数値目標及びキャッシュ・アロケーション
2034年度営業収益5兆円に向けた成長軌道を描いていく
「変革2027」が描いた成長軌道をさらに大きくステージアップさせるため、「勇翔2034」では、長期的な経営目標であるKGIとして、2031年度のROE(自己資本当期純利益率)を10%以上にすることを目標にしました。そのために、ROA(総資産営業利益率)5%以上を目標に、資産を有効活用するとともに、成長のベースとなる収益力の向上を図ります。営業収益は、2031年度に4兆円超、そして最終年度である2034年度には5兆円をめざします。鉄道を中心としたモビリティでは2,000億円超の増収、生活ソリューションでは、既存事業の強化に加え、「成長のエンジン」と位置付けた不動産事業の加速や戦略的M&Aなどを推進することにより、グループ全体で、2031年度に4兆円超の目標は十分に達成できると考えています。
また、2031年度までのキャッシュ・アロケーションでは、各ビジネスの利益成長による営業キャッシュ・フローの拡大に加え、アセットマネジメントとして不動産販売の規模拡大により創出される8,500億円や政策保有株式の3割以上縮減による500億円を組み合わせることで、キャッシュインの最大化を図ります。獲得したキャッシュは、成長資金や基盤維持・強化資金、革新的なイノベーションのために新設したLX資金と株主還元の充実に振り向けていきます。株主還元は、「変革2027」の総還元性向40%・配当性向30%という方針から、配当性向を40%に引き上げ、柔軟に自己株式取得を実施することとしました。これは、グループの中長期の成長のため、今、ビジネスチャンスを逸することのないよう、特に生活ソリューションの成長資金にキャッシュを重点的に振り向ける中で、株主還元も充実していくという考えによるものです。結果として収益が向上することにより、現金配当のボリュームは大きくなっていきます。また、LX資金は、社員がワクワクしながら果敢にチャレンジすることを後押しするための資金となります。
「勇翔2034」実現に向けた社員への期待
「変革2027」で培ったチャレンジ精神のステージアップ/
「勇翔2034」推進の両輪となる組織の再編と人事・賃金制度の抜本的改正
2025年5月、「勇翔2034」推進の両輪となる組織の再編と人事・賃金制度の抜本的改正を発表しました。これは、これまで「当たり前」となっていた国鉄由来の制度を乗り越え、新しい時代にふさわしい制度とするものです。
組織については、これまでの第一線の職場、本部・支社、本社の3層体制から、本部・支社を廃止し、お客さま第一線で日々のオペレーションを担う36の事業本部とグループ全体の戦略構築及び事業本部の活動のサポートを担う本社の2層体制に、業務運営体制を再編します。事業本部は、お客さまや地域の皆さまのご利用状況やそれぞれの地域の持つ特性や課題などを踏まえて組織化した、エリア経営の基本的単位となります。事業本部体制に移行することにより、今まで以上にきめ細かくかつスピーディーに地域のご意見やご要望にお応えすることができるようになります。本部・支社が担っていた権限や役割を事業本部に移管することにより、社員にとっても自らの発意を起点とした活躍のステージが拡大することになり、ますます成長と働きがいを実感できるようになることを期待しています。
また人事・賃金制度については、社員一人ひとりの果敢なチャレンジとそれを通じた成長や成果をしっかりと受け止め、賃金に個別具体的な評価ができるようにします。特に減点主義の要素をなくし、たとえチャレンジが失敗しても、それを通じた成長が見られれば積極的に評価するように改め、新たな組織風土の醸成に繋げていきます。
さらに、現在、JR東日本グループでは契約社員を合わせて約10万人の社員が、日々の業務に従事しています。今後、イノベーションの進展によって、例えば駅業務はAI機器に置き換わり、乗務業務ではワンマン化やドライバレス運転が進んでいくでしょう。しかし、イノベーションは、こうした効率化や生産性向上だけでなく、グループ内に新しい事業領域や活躍のフィールドを創出していきます。私は、ただ要員の合理化だけを経営のミッションとは考えていません。新たな価値を創出するのは、あくまでもヒトだからです。
「勇翔2034」実現に向けた二軸経営の戦略
Suicaを「生活のデバイス」へと進化させることで
二軸経営のシナジーを創出するビジネス基盤としていく
グループの成長の基盤となるのが、進化するSuicaです。2024年12月、今後10年以内に実現していくSuicaの進化を「Suica Renaissance」として発表しました。要約すれば、Suicaを「移動と少額決済のデバイス」から、お客さまの生活と幅広く繋がる「生活のデバイス」に進化させるということです。
現在、発行枚数1億枚を超え、そのうちモバイルタイプが3,500万台を超えるなど、Suicaはお客さまのご利用に着実に浸透してきましたが、3つの課題があります。改札の通過にタッチが必要であること、電子マネーの利用上限額が2万円であること、そして事前チャージが必要なことです。これをウォークスルー改札の実現、2026年秋に予定しているモバイルSuicaへのコード決済の導入、お客さまの銀行口座やクレジットカードへの紐づけ、によりそれぞれ乗り超える計画です。さらにその先には、きっぷのクラウド化により、例えば駅ビルで一定額以上のご利用のあったお客さまに帰りの普通列車グリーン券を差し上げるといった鉄道利用とSC事業を連携した新しいサービス、鉄道と生活ソリューションを融合した新しいサブスク商品やマイナンバーカードとの連携による地域ニーズを反映した「ご当地Suica」などを実現していきます。例えば住宅事業では、改札の通過情報により帰宅時間に合わせた電気機器の稼働、生活データを活用した医療や最適な睡眠・食事のリコメンドなど、これまでにない幅広いサービスが可能となります。またSuicaに蓄積される膨大なデータは、新たなビジネス創出のための当社グループ独自のマーケティング資源となります。さらに、チケットレスの進展により駅に新たなビジネスチャンスとなる収益空間が生み出されます。
一方、鉄道を中心としたモビリティについては、東京圏の人口のピークアウトが想定よりも延びていることやインバウンドが急増していることは、当社グループの大きな強みとなります。例えば、2025年3月、中央線にお客さまの着席ニーズにお応えしてグリーン車を導入しました。これにより年間80億円の増収を見込んでいます。また6月には、2028年度を目途に当社武蔵野線と西武池袋線を直通運転する計画を発表しました。このように、当社の鉄道には、お客さまの潜在的なニーズを掘り起こしたり、既存設備を活用した新しいネットワークを構築することなどにより、今後も成長する可能性は大いにあります。さらに、2031年度には、東京駅を経由して羽田空港まで直通する羽田空港アクセス線(仮称)の開業を予定しています。これにより空港アクセスが飛躍的に向上することはもとより、東京圏のバリューアップによりホテルや商業施設などの生活ソリューションにも大きなメリットを創出できると考えています。
生活ソリューションについては、Suicaの進化による既存事業の強化に加え、不動産事業を大きな「成長のエンジン」と位置付けています。そのうち不動産ファンド事業については、自社用地から開発用地を生み出せる当社グループの強いパイプラインにより、2027年度までに4,000億円としてきた資産運用規模の目標を、「勇翔2034」では2031年度に1兆円にまでスケールアップしました。さらに、当社グループならではの鉄道ネットワーク型まちづくりJ-TOD(JR East-Transit Oriented Development)モデルを構築し、国内各地に展開していきます。そしてこのJ-TODモデルにより、将来、東南アジアや南アジアのまちづくりへの参画も視野に入れています。
「四方良し」によるステークホルダーとの好循環
公益性の高い企業グループとしてどのような形で利益を上げていくか、
自らに問うていく
「『四方良し』の経営」というのは、私が社長就任時にグループ全体に向けて送ったメッセージの中にある言葉です。
企業である以上、利益を上げなければ、安全やサービス向上などのための投資はもちろん、社員の労働条件の改善もできません。しかし、昨今、ESG経営をベースに、SDGsの達成をめざす流れが重要視され、どのような形で利益を上げるかが、ますます重要になってきていると思います。
鉄道はもとより、お客さまや地域の皆さまの生活と幅広い接点を持つ当社グループの事業は、元来、公益性の高いものです。「『四方良し』の経営」というのは、当社グループの事業の持つ公益性を強く意識し、事業活動の目的を、より良い世の中を創ることに置く。そしてこうした事業活動によって得た利益を、お客さまや地域の皆さま、株主や投資家の皆さま、加えて忘れてはならないことはグループ社員とその家族の幸福実現のために還元するとともに、グループの次の成長のために振り向ける。この4つの方向性をバランスよく組み立てた経営を推進する。さらに、私たちの事業活動によって、人口減少や少子高齢化、地方の産業や雇用、エネルギーなどさまざまな社会課題の解決に貢献していく、そうした志高い企業グループになるということです。この「『四方良し』の経営」は、私の中ではいささかも変わるものではありません。
株主や投資家の皆さまには、資本コストをしっかり意識した経営を行うことで「収益性の向上」と「資産の有効活用」を推進していきます。そして、その中で株主還元の充実と成長投資を両立させることにより、中長期にわたってそのご期待に応えていきたいと考えています。
グループガバナンスについて
一連の不正行為や不祥事・不適切事象が相次いで発生した必然性を究明し
グループガバナンスの改善と強化に結びつけていく
おおよそこの一年、JR東日本グループの事業活動の基盤である「信頼」を毀損する不正行為や不祥事、不適切事象がいくつも明るみになりました。経営として厳しく受け止めなければならない重大事態と捉えています。
鉄道事業では、2024年9月、当社及びグループ会社において、車両の輪軸組立作業の過程で輪軸の圧入力値の不適切な取扱い、さらには改ざんが行われていたことが判明しました。また生活ソリューションでは、グループ会社において、中央省庁からの受託事業の中で人件費を水増し請求するという不正行為が行われていたことが判明しました。それぞれの事案には個別の原因や背景事情はあるものの、不正行為や不祥事・不適切事象を相次いで発生させてしまったことについては、何らかの必然性があるものと考えなければなりません。
「勇翔2034」を始動させるにあたり、グループガバナンスの在り方を改めて検証し、立て直すことは経営の急務となっています。そのために、私たちの自助努力・自浄作用に加えて、「勇翔2034」を発表した同日の7月1日、当社グループのコンプライアンス・ガバナンスの在り方等についての検証・提言を目的とした、社外有識者3名を含む委員会を立ち上げました。同委員会においては、グループの内部統制の仕組みや運営の実態などを検証し、2025年末までにグループガバナンスの改善と強化のための報告書を作成することになります。当社グループとしては、この報告書の提言を踏まえた具体的な改善・強化策を2025年度内に策定し、実行に移す考えです。この具体的な改善・強化策については、まとまり次第、ステークホルダーの皆さまにも説明させていただきます。
2024年度の振り返り
新しい時代の構築に向けての攻勢に転ずる中で具体的成果を創出
2024年度決算は、グループ全体で増収増益、営業収益は4期連続の増収、また全セグメントで増収増益となるなど、好調な業績を挙げることができました。特に鉄道運輸収入は、「変革2027」で掲げていた2027年度計画にも近似するレベルまで達しました。
2024年4月1日に私が社長に就任した時、グループ内に向けて特に強調して送ったメッセージは、先の「『四方良し』の経営」とともに、日本経済がポストコロナの新しいステージに移行した中で、JR東日本グループの経営モードもコロナ禍の守勢から本格攻勢に大きく転じようということでした。
こうした観点から2024年度を振り返ると、それまで検討を進めてきた施策等が具体的な形で実現するとともに、新たな中長期施策を明らかにできた1年であったと言えるでしょう。具体化したものでは、安全とサービスはグループ全体の課題であることを組織的にも示すため、それまで鉄道事業本部内にあった安全企画部とサービス品質改革部を、グループ全体を統括する独立した部へと位置付けを変えました。また「グループ安全計画2028」をスタートさせました。鉄道事業では、中央線でのグリーン車の営業開始、南武線や常磐線において初の長編成でのワンマン運転を導入しました。生活ソリューションでは、TAKANAWA GATEWAY CITYのまちびらきに加え、不動産事業における回転型ビジネスを加速させるために新会社を設立しました。また新たに明らかにした中長期施策としては、「Suica Renaissance」や、新幹線の自動運転を2029年から上越新幹線において着手することの発表などが挙げられます。
このように2024年度は、鉄道の安全にかかわる事故・事象やグループガバナンスにおいて厳しく反省しなければならない事案を発生させてしまった一方で、大きな施策の実現や発表を行うことができたという意味では、グループ経営のモードを本格攻勢に転じることができた1年と総括できるのではないかと考えます。
2025年度の経営展望など
これからの10年の大きな飛躍に向けて「勇翔2034」を力強く始動させる
2025年度の業績予想では、グループ営業収益を過去最高の3兆230億円としました。また、鉄道運輸収入事業では、「変革2027」で公表した2027年度の計画値を超える見込みです。
まず鉄道事業では、2026年3月に、会社発足以来、消費税転嫁やバリアフリー加算を除き、実質的に初めて運賃を改定します。この運賃改定により運賃に関わる課題が解消されたわけではなく、引き続き運賃の柔軟化に向けた検討と国との協議に取り組んでいきます。また当面の課題として、新幹線自由席特急料金の認可制から届出制への変更の実現をめざしていきます。さらに2025年9月には、鉄道を中心としたモビリティの中長期成長戦略「PRIDE & INTEGRITY」を明らかにしました。
生活ソリューションでは、TAKANAWA GATEWAY CITYの2026年春グランドオープンに向けた準備を推進します。また、3ヘクタールに及ぶ大井町社宅跡地で進めているまちづくり「OIMACHI TRACKS」が、2026年3月にまちびらきをします。この2つのまちびらきにより、浜松町から品川を経て大井町に至る、年間収益規模1,000億円を超える「広域品川圏」が完成することとなります。
技術イノベーションでは、「Suica Renaissance」において、ウォークスルー改札の第1弾として、新幹線で初めて上越新幹線の長岡駅と新潟駅で顔認証改札の実証実験を行います。また、生成AIの利活用を加速させることで鉄道事業の業務変革を推進していきます。
また、「勇翔2034」を踏まえ、グループ全体を視野に入れた新しいサービス基本計画を明らかにします。
さらに「勇翔2034」推進の両輪となる組織の再編と人事・賃金制度の抜本的改正について、それぞれ2026年7月と4月の確実な実現に向けた諸準備を調えていきます。
当社グループのコンプライアンス・ガバナンスの在り方等については、検証・提言を目的とした委員会の提言を受け、グループガバナンスの改善・強化策を2025年度内に策定し、これをグループを挙げて実行していきます。
このように2025年度は、収益力を大きく向上させて、過去最高の営業収益目標3兆230億円を確実に達成するとともに、これから10年の大きな飛躍に向けた基盤を構築し、「勇翔2034」を力強く始動させていく1年にしていく決意です。
トップとしてのミッション
当社グループの歴史に大きな区切りを打ち
グループの真価を発揮していくためグループのカルチャーを変える
私の入社動機は、創業期にあったJR東日本の組織としての魅力と可能性、そして国鉄から真の民間会社に変わるためのさまざまなチャレンジに自分も参画したいという思いにありました。そして入社直後から、今のままでは未来はない、このままではいけない、小さなことでも自分たちから行動を起こそうという強い信念と決意を持ち続けてきました。もちろん大きな組織の一員ですが、組織の「歯車」になるのなら、尖ったギザギザの多い歯車になりたいと心掛けてきました。噛み合わない場面も多々ありましたが、そうした強い信念、チャレンジ精神、そして行動力は、今も入社時といささかも変わることなく、常に私を突き動かす原動力になっています。
時あたかも、2024年4月1日までに、国鉄改革以来、JR東日本グループを担ってきた国鉄採用の先輩方の大半が定年退職を迎えていました。まさにJR採用世代がJR東日本グループの中核を担うこととなったその日に、私はJR採用世代として初めての社長に就任しました。その時、私の胸中に「当社グループの歴史に大きな区切りを打ち、新しい時代を構築するための役割をしっかり果たすことが自分のミッションである」という強い確信が生まれたのです。
そうした私の決意を凝縮する形で「勇翔2034」を策定しました。鉄道事業をはじめ、お客さまや地域の皆さまの生活と幅広い接点を持つJR東日本グループにとって、成長をステージアップするためにチャレンジできるフロンティアは国内外に無限に拡がっています。「勇翔2034」の実現は、決して平坦なミッションではありませんが、「勇翔2034」の実現なくしては、JR東日本グループの未来への展望は開かれないという強い信念で、私はグループの先頭に立つ決意です。
ステークホルダーの皆さまにおかれましては、これからも変わることないご理解とご支援を何卒よろしくお願い申し上げます。そしてJR東日本グループがこれから更なる高みをめざして勇ましく翔び立つが如く躍動し、成長・発展を遂げていく姿にどうぞご期待ください。
東日本旅客鉄道株式会社
代表取締役社長
喜㔟 陽一



