東京感動線

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様々なゲストが語る山手線ストーリー
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GOLDRUSH
TOKYO KANDO SEN WONDER CIRCLE STORIES
(2020年4月放送分)

まち
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東京をぐるっと一周走る山手線は、世界的にもユニークな、地上を走る都心の環状線、歴史的・文化的に多様な個性の街と街、人と人をつなぐ、まさに「東京感動線」。

J-WAVE 81.3FM GOLD RUSHで18:30から放送されるこのコーナー、「TOKYO KANDO SEN WONDER CIRCLE STORIES」では、毎週一組のゲストに山手線沿線の想い入れのあるの場所とそのストーリーを語ってもらいます。

僕が小学生から通う街、原宿

シンガーソングライター、森山直太朗

僕の山手線内で思い入れのある駅といえば、
もっぱら「原宿」になるんですけども、特に竹下通りですね。
まだ僕が小学校4年生とか6年生ぐらいの頃に、
タレントショップとか番組ショップみたいのが、
うぁーって竹下通りに出店されてたんですよ。
当時は「元気が出るテレビ」っていうビートたけしさんがやってたお店を皮切りにみたいな感じだったのかな。ほんと、たくさんあった。
「ものまね王座決定戦」とか「ものまね四天王」がブームで「ものまねストア」みたいのがあったり、あと、山田邦子さんもやられてました「KUNY」だっけ?
加藤茶さんとか、とんねるずさんもやってたし、松本伊代さんとか、所ジョージさんとかもやってた気がするなぁ。
それで、やっぱりテレビの影響が今とはまた違った形で強かったので、僕たちも買っちゃうわけなんですよ。
小学生とかは小遣い集めてトレーナーとか下敷きみたいなモノを。
感覚で言うと修学旅行で「なんでこんなペナント買ったんだろう?」
後から思い返してなんだろう?と思うことあるじゃないですか。
そういう感じだったなぁ。今でこそもうお店の影もないですけれどね。
そんな僕も、まだの原宿、結構通ってて、カレーが好きなんで、「ヨゴロウ」さんとか、「みのりんご」さんとか、たまに訪れてカレー巡りするだけでも結構充実した街なので、皆さんも是非是非巡ってみてはいかがでしょうか。
ということで、私に思い出のある駅、「原宿」についてのちょっとしたお話でした。

20歳頃、リアルなヒップ・ホップを感じた街「池袋」

ラッパー、SKY-HI

僕が20歳頃にラッパーを志して、ラップしまくっている頃っていうのは、8割渋谷で2割別の場所っていう感じだったけど、その中で目黒とか池袋、特に池袋は毎月絶対行っていました。
池袋に「池袋BED」というクラブがありまして、所謂「アンダーグランド・ヒップ・ホップ」と言うか、ラジオだとなかなかオンエアしづらい内容の歌を歌う人とか、BESさんとかNORIKIYOさんとか、そういった先輩方のライブを観に行ったり、お客さんも強面の人は多かったですね。基本的にしかめっ面でフード被ってる感じ(笑)映画とかで想像するような仄暗いクラブを想像してもらえればいいんじゃないかなと思います。

一方でKREVAさんとかの FG(注1)のイベントもやってた。
KREVAさんが DJしてたりとかして、楽しかったな。
本当にストリクトリー・ヒップホップクラブっていう感じでしたよ。

毎月MCバトルをやっていたのは、BEDくらいしかなかったかな。
当時はラッパーの人口も少ないし、その中でフリースタイル人口なんて言うとさらに絞られてくるから30人くらいしかいない。
大体16人と毎回エントリーするんだけど、お客さんもみんな出てる人なの(笑)出てる人が判定もしてるから、だいたい2、3ヶ月出ちゃうと大体顔見知りになっちゃうの(笑)。3 on 3 MC BATTLEは、その時からすっごい盛り上がっていて、NORIKIYOさんとかも出てたしPUNPEEさんとかも出てたね。

PUNPEEさんと俺の後輩、RAU DEFで明け方に池袋BEDから歩いて帰るみたいなのがありましたね。あそこらへんは何かすごい親交を作ったタイミングだったりしたような気がします。その時に生まれた出会いは、他の所でも生きているものが多かったりするので、自分にとってはもの凄く思い出の場所ですね。渋谷で歩く時以上にストイックなラップミュージックやハードコアなヒップホップを聞きながら山手線乗って動いていた記憶がもの凄く鮮明に覚えていますね。終電で行って始発で帰ってくるみたいな話だからね。
そんなわけでSKY-HIが紹介する池袋でした。

(注1)
FUNKY GRAMMAR UNIT 通称、FG
RHYMESTER、EAST END、RIP SLYME、KICK THE CAN CREW、
MELLOW YELLOWを中心としたヒップホップクルー

僕にとって最強の街、上野

武井壮

私、武井壮、東京都の葛飾区出身でございましてですね。
葛飾区出身の少年たちにとって最大の都会は上野なんですよ。
僕らからすると上野が最高峰なんですよ。
高校くらいまでは、ほぼ100%上野が最強なんです。
アメ横があって松阪屋があってアメ横センターがあって、いろんなデパートだ、スーパーだ、雑貨屋だったり、山ほどあって、安売り店みたいなものもあり、レストランもあり、動物園もあり、公園もあり、浅草も近くにあり、いろんな美味しいものもあり、全て揃った完璧な街というのが上野。
僕ら高校くらいまでは渋谷とかが超怖いんですよ。都会過ぎてオシャレ過ぎて。
我々、メンズノンノ世代って言うんですかね。
田辺誠一さんとか表紙飾ってた当時の時代にね。
渋谷とか行ったら大体ほとんど全員がラルフローレンのコンプレ着てボタンダウンシャツ着てるみたいな。チェックのパンツ履いてるみたいな。怖くて行けねえみたいな。僕らギリギリ高校でやっとエドウィンのシーパンに出会うみたいな、
そんなところで育った葛飾の庶民の我々にとっては渋谷でも新宿でもない。
原宿なんか僕ら高校生くらいの感じだと、ほぼディズニーランドなんですよ。
青山はもうわかんないです。パワースポットみたいになってるんです。
ちょっと経済的にも交通費もかかって行きづらいですし。
やっぱり300円くらい出したら行ける上野がね、最強の街でございまして。
未だに山手線に乗ると西日暮里、日暮里、上野っていうね、あのあたりのエリアに行くと、ちょっと落ち着くんです。 
上野公園の交番のところから上に続いていく坂道だったり、上野公園の入口の脇の階段でダッシュしたり、浅草の浅草寺の仲見世を深夜ライトアップされてるんで直線300mでスプリントしたりね。
未だに根城にして、そこらへんに行くと落ち着くっていう生態でございます。
ということで、私の最も思い出のある山手線沿線は上野でございます。

初心を思い出す街、目黒

ソンガー・ソングライター、家入レオ

私は16歳の時に上京してきて17歳でデビューしました。
なので福岡で通っていた高校を中退して、またこっちの東京の高校に編入したんですが、その高校が目黒にありまして、なのでJRよく利用してましたね。

その当時は高校の近くに住んでたので、朝の通学は電車使ってなかったんですけど、レコード会社が渋谷にあったので授業が終わったあとに山手線に乗って、渋谷に行って、そこからレコード会社まで歩いて行って、取材を受けたりとか制作行ったりとかしてたので、かなり私にとっては印象深いですね目黒は。

目黒にすっごい美味しいケーキ屋さんがあって、「あっ!今日は曲が1曲出来たし、これ食べてからからレコード会社行こう!」と思ってそこでケーキ食べてから行ったりとか、

あと、おいしいカレー屋さんがあってインドカレーなんですけど、ナンがめちゃくちゃ大きいんです。そこでチーズナンをテスト受けた後に食べて、制作しに行ったりしてたのでかなり思い入れのある場所です。

その目黒でオススメなのが、白金台寄りなんですけど、自然教育園がありまして、福岡出身で自然の中で育ったので、都会に疲れたなっていう時は、よくその公園に行って読書したりとか、あと美術展とか写真展とかもやってたりしていたので、そこに行ってリフレッシュしていました。

そして、目黒でよく聞いていた曲がビートルズの「Let It Be」。
ギターで初めて弾いた曲で、「あっ・・・負けそうだな」って思った時に、その曲を自宅の目黒のマンションで弾いて、初心を思い出して日々頑張っていましたね。 

なんかエモいな・・・(笑) こうやって話してると・・・

ということで、以上、家入レオでした。
 
 
 
番組情報
J-WAVE 81.3FM:GOLD RUSH
毎週金曜 16:30-20:00 ON AIR