東北6県の未知なる魅力を学ぶ時間 東北歴史文化講座

日本の歴史、文化史において独特の発展を遂げてきた東北にこそ、未知なるおもしろさに満ちたこの国の魅力が詰まっているのではないか—。「東北歴史文化講座」は、東北エリアの「歴史」「文化」を独自性のあるテーマで掘り下げ、多角的な視点から捉えることで、知られざる日本を再発見。2019年、東北のさらに奥を知る、新たな好奇心の扉が開きます。

講座の舞台を旅する

奥州藤原氏の都市・平泉探訪

講座の舞台となった岩手県の地図
えさし郷土文化館

えさし郷土文化館

江刺地方の歴史と文化、農業を主体とする地域産業について、展示と体験で学べる複合施設。とくに、平安時代の仏教美術品を中心とした地域信仰を示す優品、世界文化遺産「平泉」にまつわる奥州藤原氏関連の資料は見応えがある。

  • 住所/奥州市江刺岩谷堂字小名丸102-1
  • 交通/JR「水沢江刺駅」より車で約15分
  • 電話/0197-31-1600
  • ホームページ/えさし郷土文化館 
清衡生育の地・江刺は、平泉に移るまで居館があった場所。えさし郷土文化館に隣接する「えさし藤原の郷」には120棟余りの歴史的建造物が再現されています。
中尊寺

中尊寺

初代清衡が前九年・後三年合戦で亡くなった全ての命を供養するため、12世紀初めに大伽藍を建立。堂塔の多くは後に焼失したが、金色堂はじめ、讃衡蔵(宝物館)に収蔵された国宝・重要文化財で平安仏教美術の粋に触れられる。

  • 住所/西磐井郡平泉町平泉衣関202
  • 交通/JR「平泉駅」より車で約10分
  • 電話/0191-46-2211
  • ホームページ/中尊寺 
清衡発願の「紺紙金銀字交書一切経」は、奥州仕置の際に豊臣秀次が目に留め、秀吉が伊達政宗を通じ京に運ばせました。中尊寺には5千数百巻のうち約20巻が残されています。
毛越寺

毛越寺

奥州を仏教によって治めるという清衡の遺志を受け継ぎ、2代基衡、3代秀衡の時代に多くの伽藍が造営された。全ての建物は度重なる災禍で失われたが、大泉が池を中心とする浄土庭園と平安時代の伽藍遺構がほぼ完全に残る。

  • 住所/西磐井郡平泉町平泉字大沢58
  • 交通/JR「平泉駅」より徒歩約10分
  • 電話/0191-46-2331
  • ホームページ/毛越寺 
発掘調査によると、奥州藤原氏の初代から3代までが造立した寺院・建物と平泉の道路は、規則性をもって連動しておりそれぞれが異なる軸線で都市計画をしたようです。
柳之御所遺跡

柳之御所遺跡

古来、清衡と基衡の屋敷跡と伝えられてきたが、昭和63年からの発掘調査以降、膨大な遺物が発見され、『吾妻鏡』にある「平泉館(政庁)」であった可能性が濃厚となった。貴重な出土品は柳之御所資料館に展示されている。

※柳之御所資料館はリニューアルのため2018年12月28日より一時閉館。

  • 住所/西磐井郡平泉町平泉柳御所
  • 交通/JR「平泉駅」より徒歩約10分
  • 電話/0191-34-1001
  • ホームページ/柳之御所遺跡 
出土品からは、中国や国内産地から陶磁器や陶器を購入していたこと、さらに職人を呼び寄せて窯を開くなど産業開発が行われていたことも分かります。
達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわやびしゃもんどう)

達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわやびしゃもんどう)

延暦20(801)年、坂上田村麻呂が蝦夷討伐の戦勝記念のために毘沙門天を勧請して造営。奥州藤原氏の時代には金鶏山と対をなす仏教の要所であったと伝えられる。また平泉を攻め滅ぼした源頼朝が、鎌倉の帰路に立ち寄ったとも。

  • 住所/西磐井郡平泉町平泉字北沢16
  • 交通/JR「平泉駅」より車で約10分
  • 電話/0191-46-4931
  • ホームページ/達谷窟毘沙門堂 
武力ではなく神仏の力で奥州を守ろうとした奥州藤原氏。源頼朝の軍勢にあっけなく敗れてしまった原因ともなりましたが、胸を張るべきだと私は思います(笑)
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