WOMAN 女性の活躍推進

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THEME1

私の入社動機。その想い、そして今。

充実した研修制度だから
専攻と異なる分野でも活躍できる。

笠原:

私は土木工学を専攻し、現在も土木・建設部門に携わっていますが、専攻と異なる仕事に就かれている方もいますね。内田さんは理学部だったそうですね。

内田:

大学では理学部物理学科を専攻していたのですが、専攻内容にこだわらずに多くの方の生活の基盤となる使命感のある仕事がしたいと考えて、JR東日本を選びました。また私の地元である東京で仕事ができること、女性社員がいて長く働きやすい環境があること、経験がなくても一から勉強して活躍できることに魅力を感じました。

加茂野:

エリアに根差して仕事ができる魅力もあったということですね。専門分野の経験がなかったとのことですが、入社してみていかがですか?

内田:

全く知らない分野を一から学べる基礎技術研修や資格取得のためのサポートなどが充実していることを感じました。

佐藤:

私は農学部で農業環境にかかわる土質・水質・力学などを学んでいました。4年間の学びの中で「インフラに携わり多くの人の役に立ちたい」と考えるようになり、就職活動に臨みました。同じ学科でお世話になった女性の先輩が当社の保線部門に就職したと聞き、今まで知らなかった女性の活躍の場に憧れを抱いたことと、鉄道インフラを作るうえで自分が学んできたことを少しでも活かしたいと考えて当社への入社を決めました。

技術職の女性社員のこれまでと今、そして今後。

技術職の女性社員のこれまでと今、そして今後。

八田:

佐藤さんは職場で初めての技術職の女性社員だったそうですね。今は後輩もできたそうですが、みなさん元気でお仕事に取り組んでいらっしゃいますか?

佐藤:

はい、いい雰囲気の中で仕事に向き合っています。後輩からは「佐藤さんが居てくれて嬉しいです」と言われるのがありがたいですね。お昼休みにランチをしながらリフレッシュしたり、他職場の女性社員を含めた意見交換会「保線女子なじょする会」(福島弁で「なじょする?」=「どうする?」)を毎年開催し、業務上の悩みを話したり、先輩社員からアドバイスをいただいています。確かに女性社員の人数はまだ少ないですが、お互いに日々の悩みなどを解消し、女性社員の絆を深めています。

笠原:

現在、所属する東京工事事務所では女性社員がかなり増えてきていますが、前の職場では人数が少なかったので頻繁にランチ会を開催して、悩み相談などの意見交換はよくしていました。

加茂野:

東京総合車両センターには多くの女性社員が働いていて、SNS上で女性同士の意見交換をする場があり、そこに招待してもらって仕事や育児の情報交換をしたり、ランチ会を開催しています。その点、生活サービスの職場は女性社員が多いので交流も活発ではないのでしょうか?

八田:

男女比は半々ぐらいですね。ランチ会で結婚した人をお祝いしたりするなどコミュニケーションが活発で、一体感のある職場だと思います。

東日本大震災で痛感したインフラを支える責務と社会貢献性の高さ。

東日本大震災で痛感した
インフラを支える責務と社会貢献性の高さ。

佐藤:

私はインフラを支える仕事に興味を持って入社しましたが、先輩のみなさんは、これまでどのような仕事に携わってこられたのですか?

加茂野:

私はこれまで車両のメンテナンスに関する業務をメインに担当してきました。仙台支社の新幹線総合車両センター、仙台支社と経験した後、本社で新幹線の最高時速320km/h化の安全性、信頼性の確認業務を担当しました。その後、(株)東芝へ出向し、海外鉄道向けの製品をどのように設計製造し、売り上げ、アフターフォローをしているのか、実作業を担当しながら学びました。タイのパープルラインの業務も経験することができ、各国の技術者と何度も議論し車両の仕様を作り上げていく醍醐味を実感しました。

笠原:

私は主に駅改良プロジェクト・震災復興のBRT専用道整備工事に携わってきました。そのなかでも東日本大震災で被災した気仙沼線・大船渡線のBRT(Bus Rapid Transit:バス高速輸送システム)専用道整備工事が印象に残っています。BRTは鉄道用地をバス専用道路に作り変えて、バスが専用道を走ることで、従来のバスと比較して定時性や速達性を確保し、鉄道と比べて柔軟なルート設定ができる新しい交通システムです。被災した鉄道用地をバスの専用道路に敷き替える工事の計画・設計・工事発注・工程管理を担当していました。

八田:

まさに地域のインフラの復興に貢献したわけですね。

笠原:

被災地域の足を一日でも早く復旧させるために、効率的に進めることが至上命題でした。1年間で約23kmの専用道を開業させましたが、当時は朝一番で気仙沼で現場調査を行い、夕方に仙台の職場に戻って資料を作成し、関係者と打ち合わせるといった忙しい日々でした。自分の業務が遅れたら、現場の工事が止まってしまうプレッシャーがありましたが、無事にBRT専用道開業を迎えた時には専用道を走るバスの姿に感動しました。地元の方に旗を振って喜んでいただけたのを鮮明に覚えています。

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