「TRAIN SUITE 四季島」を支える想い
Vol.722026/2/19
斉藤 卓也の想い
奇を衒わず、シンプルに。研ぎ澄まされた一皿を。
前職である東京ステーションホテル「ブラン ルージュ」料理長の経験や、フランス各地での修業を糧に、新たな重責に臨む。
東京下町で洋食店を営む両親のもとに育った“江戸っ子フレンチ・シェフ”は今、東日本各地の食材や風土との出会いに胸を高鳴らせ、“研ぎ澄まされた一皿”への挑戦を続けている。
重責への緊張と胸躍る食材との出会い
2024年の秋、「TRAIN SUITE 四季島」の総料理長候補に推薦していただき、翌2025年の年明けに就任が正式に決まりました。
1年前の身の引き締まるような緊張感を今も鮮明に覚えています。
- 東京ステーションホテル勤務時代、「TRAIN SUITE 四季島」二代目総料理長の佐藤滋シェフが先輩で、揺れる列車の中で調理したり、毎週列車で長距離を移動したりというお話を伺い、どんな列車だろう? と興味を惹かれていました。
ただ、当時はまさか自分がその立場になるとは考えもしていませんでした。選んでいただいたのは、ほとんど休んだことがなく、身体が丈夫で、現場を支え抜く体力を見込まれたのではないかと思っています。 
- 昨年9月からは三代目総料理長の池内英治シェフに同行させていただき、一緒に茨城や栃木などの生産者の方々を訪ねました。とにかく美味しいものを作ろうという彼らの情熱や工夫に直接触れたことは大きな財産となっています。そんな出会いのなかで、新しい発見やメニューのイメージが次々と積み重なっていくのを感じています。
例えば、茨城の「福王しいたけ」。その驚くほどの肉厚さとうまみの強さには圧倒されました。他にも、栃木の「日光頂鱒」、仙台の「栗原産仙台牛」、石巻の北上川河口で採れる「べっこうしじみ」といった食材は、早速12月からの冬のコースの料理に取り入れています。 
洋食店を営む父母の背中を見て料理人に
高校卒業後は迷うことなく料理人としての道を歩み始めました。しかし、就職して間もなく、調理場で手に怪我をしてしまい、3カ月ほど働けなくなってしまったことがありました。見舞いに来た父から「料理という仕事を甘くみているのではないか」と厳しく叱責されました。今振り返れば、プロとして包丁を握る以上の「責任」を、父は伝えたかったのだと感じています。この経験が、私の料理人としての覚悟を決める大きな契機となりました。
その後、東京で知り合ったフランス人の料理人に誘われ渡仏。アヌシー、ペリゴール、プロヴァンスなど各地のレストランで経験を積みました。なかでも野菜やハーブを豊富に用いる南仏の料理から素材の生かし方を学んだ経験は、今も私の料理の根幹をなしています。
私が理想としているのは、奇を衒わずに、普通の料理を普通以上のものに昇華させること。一つの皿にいくつもの要素を重ねていくのではなく、余計なものはそぎ落とし、理にかなったものだけでシンプルに美味しさを追求していきたい。
まだ就任したばかりですが、まずは自分が食べてもらいたい質と量の料理を味わっていただこうと挑戦している最中です。
考えてみると今までの料理人人生は常に試行錯誤をしてきたので、1年後も、2年後もまだまだ試行錯誤しているのかもしれません (笑) 。
乗車して感じた“四季島マジック”
出発前、上野駅の「プロローグ四季島」で、お客さまにご挨拶する際、皆さまの料理への期待がとても高いことが毎回伝わります。「なんとしてもそのご期待に応えなければ」と、気が引き締まります。
食後に各テーブルを回って、お客さまから直接感想を伺えるのは嬉しいひとときです。
実際に乗車して気づいたのは、キッチンで完成させた瞬間よりも、お客さまの前に届いた時のほうが、料理としての輝きが増しているように感じられるということです。走行する列車内で食べるという旅の雰囲気やトレインクルーの接客など、様々な要素が調和して生まれるこの“四季島マジック”は、歴代のスタッフたちが磨き上げてきた伝統そのものだと感じています。 四代目として、この素晴らしい伝統を引き継ぎながら、精いっぱいの思いで「記憶に残る料理」をご提供できればと願っております。