ガイドと歩く太海漁村巡りと仁右衛門島散策

海岸線沿いにひしめき合う家々の間を迷路のように路地がめぐる安房鴨川・太海地区。鎌倉時代からただ一軒の島主によって守られてきた仁右衛門島。房総には、まだまだ知らない世界がいっぱい。カメラ片手に歩いてきました!

古きよき時代の日本に出合う

東京駅から特急わかしおに乗って2時間弱で外房線の終着駅の安房鴨川へ。東口にある鴨川駅前バス停から仁右衛門島入り口行きの路線バスに乗り込みます。バスは昔ながらのくねくね道を走り、海沿いのルートに入りました。大小7つの島々が浮かぶ鴨川松島の風景が目を和ませます。

安房鴨川駅
眼下に広がる鴨川松島の風景
ガイドさんと合流!

太海駅入り口バス停で下車し、ガイドさんと合流しました。右から、NPO法人鴨川ガイド協会の影山さん、杉田さん、深井さん。生粋の地元民の方々です。

※通常のガイドは一人で行います。

最初に案内してもらったのは、集落の小さなお堂にある“いぼ地蔵”。仏壇の傍らにある赤黒の丸石にさわると、おできがとれるのだとか。古き良き時代のおまじないに触れて、昔話の世界にタイムスリップした気分に。

集落の辻にあるお堂
いぼ地蔵

海に出ました。ゆるやかに弧を描く砂浜は、夏には海水浴場となる太海浜。海上には小舟が浮かんでいます。目を凝らすと、長い銛で海の中を突く漁師さんの姿が見えました。岩礁が広がる太海の海では、岩場につく魚介を銛一本でとる昔ながらの漁が今も行われているそう。「サザエやアワビ、イセエビなどもとれるんですよ」と影山さん。是非ともお昼に食べてみたいものです。

路地を抜けて太海浜へ
銛を使った昔ながらの漁

次に向かったのは、海を見下ろす高台にある香指神社。「ここはもともと縄文遺跡なんですよ」と影山さん。本殿はやわらかな砂岩質の洞窟の中にはめ込まれ、岩肌と一体化した造りになっていました。洞窟で暮らした縄文人も前浜でとれる海の幸を楽しんでいたかもしれませんね!

香指神社の拝殿
縄文時代の洞窟遺跡に収まった本殿
あの漫画に登場する街並みを発見!

住宅や民宿が並ぶ路地を抜けて小さな港に出ました。太海漁港です。影山さんは民家が折り重なるように立つ石段の前で足を止めます。前衛的な作風で知られる漫画家・つげ義春の代表作『ねじ式』に描かれた場所だそう。医者を求めて彷徨う主人公がSLに飛び乗るあの印象的なシーン。漫画家の想像力を掻き立てた街並みをさらに歩いて見たくなり、ガイドさんたちとお別れして昼食の時間まで一人でぶらつくことに。

太海漁港
『ねじ式』に描かれた街角
SLのシーンがプレートになって掲示

海と丘に挟まれた漁港周辺の土地は、これまで以上に民家が密集しており、路地は人ひとりがやっと通れるほどの広さしかありません。折れ曲り、先が見えない通りを歩くと、白昼夢の世界に迷い込んだようでドキドキしました。

民家の軒先すれすれに折れ曲る坂道
先が見えない路地裏
傾斜地に続く急階段
画家ゆかりの宿で海の幸をいただきます!

昼食場所の江澤館へ。大正期まで造船所だった江澤館は、漁村の風景を求めて訪れる画家に宿泊場所を提供するうちに旅館業を始めたという画家ゆかりの宿。創業100余年という館内に一歩踏み入れると、ロビーから廊下から階段までも埋め尽くす絵の数に圧倒されました。どれもみな、ここに逗留した画家の方が御礼に残していった絵だそう。

画家ゆかりの宿、江澤館
廊下も絵でいっぱい
昼食会場のお座敷ギャラリー

4階に洋画家の安井曾太郎が逗留した部屋があると聞き、昼食が出るまでの間、見学させてもらいました。二間続きの和室は北側に小さな出窓があり、太海の海が一望できました。 昭和の初め頃、安井曾太郎はこの窓から見える眺望を好み、代表作となる「外房風景」を描きあげたといいます。窓を開けると潮風が。画家が愛した風景をしばし楽しみます。

安井曾太郎が逗留した部屋
※宿泊は不可
別の画家が描いた茅葺き屋根の漁村の風景

いよいよお待ちかねの昼食です。このツアーでは丼と焼き魚、煮魚の3つの定食の中から選べますが、太海のサザエを食べたいと思い、「おらがさざえ丼定食」を注文。卵でふんわりとじられたサザエは、身が大きく、コリコリとして食べ応えがあります。甘めのタレに磯の香りのするホロ苦い肝がアクセントとなり、一気にペロリです。何気に美味しかったのが、付け合わせのひじき。肉厚な長ひじきを採ったそばからドラム缶で煮て天日干しした江澤館お手製の味は絶品でした!

おらがさざえ丼定食。肉厚のサザエがたっぷり!

仁右衛門島で教科書に載らない歴史にふれる

午後は太海漁港の渡船場から二丁艪(にちょうろ)の和船に乗って目の前の仁右衛門島へ。波のおだやかな湾内をすべるように船は走ります。艪を漕ぐギシッギシッという音が耳に心地よく、5分程度の短い時間ながら、和船の風情にどっぷり浸ることができました。

渡船場の向こう岸に見えるのが仁右衛門島
船頭さんと会話するのも楽しい

仁右衛門島は砂岩からなる周囲約4kmの個人所有の島。島の名前は、鎌倉時代の初代・平野仁右衛門の名にちなんでいるのだとか。鬱蒼とした散策路を歩くと、随所に句碑や歌碑が並びます。文人を魅了した風景をさらに歩いてみることにしました。

散策のスタートはこの石段から
昭和の俳人、富安風生の句碑

不意に石垣に囲まれた建物が現れました。島主、平野家の住宅です。平野家は、平家に追われてこの地に逃れてきた源頼朝を助けた御礼にこの島を与えられた言い伝えの残る家柄。風格ある建物は元禄地震(1703年)の大津波の翌年に建て直されたもので、前庭にサボテンのごとく生えたソテツと相まって南国情緒あふれる景観を作り上げていました。

城門のような平野家の表門
平野家住宅
格式を感じさせるお座敷
瓦が波形に埋め込まれた土塀

外海に面した島の南側に回ると、日蓮聖人が朝日を拝んだという神楽岩や源頼朝が隠れた伝説が残る洞窟も。のちに鎌倉幕府を開き、武士の時代を切り開く頼朝。もし言い伝えが本当なら、この場所は歴史が大きく動いた重要な舞台と言えるのかも。

日蓮聖人ゆかりの神楽岩
鳥居の奥に源頼朝由来の洞窟が

ゴツゴツとした磯の海岸に出ました。荒々しい波しぶきの削った奇岩が午後の赤みを帯びた光に照らされて、神々しく見えました。さすが日蓮が拝んだ風景、と、納得しながらファインダー越しに自然のアートを堪能しまくりました。次に来るときは泊りがけで来よう。そのときは、画家ゆかりの宿に泊まろう。そう誓って、再び渡船に乗り込み、豊かな海に別れを告げました。

自然の厳しさを感じる荒磯
芸術的な姿をした奇岩の姿も
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