寝台特急カシオペア 5つのヒミツ

寝台特急「カシオペア」での体験は、
乗客のみなさまにとって大切なものであると同時に、
運行に携わった運転士・車掌・乗務員らにとっても
貴重で何にも代えがたいものです。
そんな、運行にまつわる
あまり知られていない事柄や
思い出深いエピソードを5つ、お届けします。

1尾久駅から上野駅へ入線

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E26系カシオペア車両がある、尾久車両センター(尾久駅)から上野駅に入線するまでの約4.5km、「推進運転」を行います。推進運転とは、機関車(動力車)が進行方向に対して最後尾から車両を押して運転することを言います。
カシオペアが発着する上野駅の13番ホームは行き止まりのため、上野駅では機関車の位置を変えられないので、機関車が客車を押して走り、上野駅に向かいます。

機関士の運転は後ろ向きに行うことになるので緊張しながら慎重に進みます。そして機関車の運転士に加え、客室側に1名の運転士が乗っています。一般のお客さまにはあまり知られていないと思いますが、カシオペアスイートの客室先端にブレーキ装置があり、機関車の運転士を補佐しています。

推進運転は原則時速25km/h以下の速度制限がありますが、多くの列車が行き交う東北本線をゆっくり走ることはできません。そこで、先頭車両(カシオペアスイート内)にブレーキ操作を行う推進運転士を配置し、後ろの運転士と無線でやり取りを行うことで、時速45km/hまでスピードを上げ、運転することが可能となります。

カシオペアスイート内に入る推進運転士は、お客さまより先に客室内に入ることになるので、専用のスリッパを用意して、お部屋を汚すことのないように気を配ります。

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推進運転の様子は、JR東日本の社員がお届けするエンタメチャンネル
「TRAInBLAZER【JR東日本】」でも公開しています。

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2出発前、上野駅の特別な45分間

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進運転で上野駅に無事入線してから発車まで45分間の時間があります。このひとときは、緊張していた運転士がほっと一息つける時間でもあります。
その日乗車するお客さまはもちろん、見送りや見学に来た方がうれしそうに、先頭車両の前で記念撮影をしている姿をみると、この列車は多くの方たちにとって特別な列車なのだ、と毎回感じさせられました。
そして改めて、安全且つ定刻通りの運行を誓うのでした。

車掌が乗り込み、ドアを開けると、待ち構えたお客さまが続々と乗車します。出発までの間に、乗務員室に来客があることもあります。

「この列車にご乗車されているご夫妻にお届け物なのですが…。」
お呼び出し放送を行うとご夫妻がいらっしゃり、 とてもきれいなお花のお届け物は無事に手渡しすることができました。

乗客おひとりおひとりの特別な思いを乗せ、16時20分定刻に、寝台特急カシオペアは出発です。

3寝台特急カシオペアの車掌は
なんでも屋さん

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台特急カシオペアは上野駅から札幌駅まで長距離の運行です。運転士は機関車に乗務しているので、客車内でのことは車掌がメインで対応します。

運行中に切れてしまった蛍光灯などの電球類の交換、ドアの建付けの調整、軽微なトイレ故障対応、部屋設置のテレビの不調対応、シャワーカードの詰まり対応など、できる限りのことに対応する、まさに「なんでも屋さん」です。8号車にひっそり隠れている予備の倉庫がその時の相棒でした。

また、停車駅が少なく乗降ドアの開閉が少ないためか冬季は凍りついてしまい開閉ができないこともあります。そのため巡回中に、ドアを蹴ることで凍り付き防止の対策をしました。
自分たちですぐに対応が難しいことは、所属区である尾久車両センターに電話で聞いて解決していました。

長距離を走るなか、いかにお客さまに快適に過ごしていただくか…そのために奮闘していました。

4寝台特急カシオペア車内での
年越し

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札幌行の寝台特急カシオペアは23:53に岩手県の奥中山高原駅を通過し少しすると日付をまたぎます。大晦日に上野駅を発車したカシオペアはこの付近で新年を迎えますが、十三本木峠と呼ばれるこの東北本線の屈指の峠を越えるのは、力持ちの電気機関車でさえ最高速度が50キロ程度しか出ない状況。また豪雪地帯でもあり時刻が遅れるのもしばしばありましたが、夜の雪景色の中をゆっくりとした速度で走る乗り心地が、ノルスタジックな雰囲気を醸し出していました。

車掌を務める私は「あと5分ほどで新年を迎えます。東北本線の名所奥中山高原駅をゆったり走るカシオペア号で、よいお年をお迎えください」と放送しました。

乗務員室で新年を迎えた後、初仕事である車内巡回で12号車展望ラウンジに到着。ラウンジにはワイングラスを片手に乾杯をするカップルや、雪の夜景を写真におさめる方、置いてある思い出ノートを記している方などがおり、ゆっくりした時間が流れていました。線路に並んで走る国道4号線のオレンジ色の街灯に照らされながら走る長距離トラックすら、車窓に彩を添えているようです。

そんななか、私に気づいたお客さまに「新年明けましておめでとう、ごくろうさま」と声をかけられ、こんな素晴らしい環境で仕事ができ、お客さまから新年の挨拶をされるという幸せを感じていました。

5親子の最後の旅

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る日、車掌として寝台特急カシオペアに乗務する前の業務点呼を行った際、あとで上野駅の社員が手紙を持ってくるので、それをJR北海道の車掌に引き継いでほしいと指示がありました。普段このような伝達はなかったので、なんだろうなと思いながら、カシオペアが発車する上野駅の13番線に向かいました。

発車前の点検やご案内を行っていたところ、上野駅社員が手紙を持ってきました。

そこで、この手紙の送り主の方は、今日父娘での親子旅行でカシオペア乗車を予定していたこと、お父さまは末期のがんで、この旅行を目標に苦しい治療に耐えていたが残念ながら前月お亡くなりになられたこと、お父さまの最後の望みを叶えたく、生前の親子写真と旅行行程表をカシオペアの車内のどこかに置いてもらいたいという娘さまからのお願いがあったことを聞きました。

この日は幸いにも空室があったので、私は父娘の最後のご旅行を楽しんでいただくため、個室内のブラインドを開き、上野駅改札スタンパーと車内改札スタンパーを押印した旅行行程表と親子写真を、景色が良く見えるテーブルの上に置きました。

その手紙をJR北海道の車掌に引き継ぎ、その後札幌からポストに投函され、無事娘さまのもとに届いて、娘さまがお父さまのご仏前に報告されたということを後日知りました。

寝台特急カシオペアは、これまで多くのお客さまの大切な思い出を作ってきたと同時に、ご乗車いただくことができなかったとしても、その想いを大切につなげることができる特別な列車だと思っています。