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中央線沿線には、多くの伝統芸能が受け継がれています。神社に奉納される踊りや音楽、幕末の志士が身を守るために身につけた武術などジャンルは多岐に渡りますが、どれも歴史的背景を持っているものばかり。今回は、そんな中央線沿線に残る伝統芸能をご紹介します。
小金井市無形文化財に指定されている目黒流貫井囃子は、江戸時代末期に花火職人をしていた花火職人鈴木三郎衛門等が地元にある貫井神社の祭礼に奉納したのが始まりと言われています。戦後、一時的に途絶えてしまいましたが、昭和45年地元の青年数名によって復活を果たしました。当時は、お囃子を伝承している人が地元に残っていなかったため、遠方に移り住んだ方を訪ねて教えてもらうなど数多くの苦労があったそうです。そうやって復活したお囃子を二度と絶やさないために週3回の厳しい練習を重ね、現在では常時30名ほどの会員が集うようになりました。また、その実力も全国トップレベルを誇り、東日本および全関東祭ばやしコンクールで優勝、東京都祭ばやしコンクールでは第1回から連続15回の最優秀賞を受賞するなど輝かしい受賞歴を持ちます。後世にも貫井囃子をきちんと伝えていきたいという思いから、貫井囃子保存会では、練習に積極的に参加してくれる人ならば、どんな地域、年齢等を問わず広く会員を受け入れています。
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立川市にも諏訪神社に奉納するために始まった江戸末期から続く伝統芸能があります。立川市柴崎町を中心とする方々で伝承されている獅子舞です。江戸時代から伝わる太鼓は諏訪神社に、そして獅子舞の面は立川市歴史民俗資料館に保存されています。その舞と祭囃子は立川市指定無形文化財に指定され、昭和38年には立川市獅子舞芸能保存会が発足しました。戦前は、地域によって「棒使い」と「獅子」を分担して担当していましたが、練習場所を確保することが困難になってきたことをきっかけに、現在は地域で分けることなく参加者を募っています。獅子舞の前座にあたる「小棒」と「大棒」の使い手は小学校2〜6年生の男の子が務め、獅子舞は体力があって夏に練習時間の取れる中学生から大学生が中心です。笛や唄は、地元の有志が集まっていて、最近ではお祭り前だけではなく月1度の練習も行うようになりました。立川市獅子舞芸能保存会では、女性の参加者も大歓迎しているということです。
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最後にご紹介するのが、新撰組局長だった近藤勇や六番隊長の井上源三郎等が使い手だったとして知られる天然理心流です。近藤家に伝わっていた天然理心流を引き継いでいるのが天然理心流撥雲会で、現在でも新撰組ゆかりの地である日野にある日野市新町交流センターで月に2回稽古に励んでいます。天然理心流の特徴は、普通の木刀の3倍程度の大ぶりの木刀です。幕末に大活躍した実践的な剣法は、新撰組に惹かれたファンだけでなく多くの人を魅了し、現在まで継承されています。現在、天然理心流撥雲会には、中学生から50代まで30名ほどの会員が稽古に取り組み、そのうちの1/3が女性です。地元の日野市からだけではなく、遠方から熱心に稽古に通う人も多くいるそうです。天然理心流撥雲会では新撰組に関連するイベントで演武を行い、広くその剣と新撰組の剣士たちの魅力を伝えています。 |
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目黒流貫井囃子では、専用の山車も所有しています。年に一度の貫井神社へ奉納するお祭りでは、一日かけて町内を周ります。 |
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高いレベルを保持する目黒流貫井囃子の練習は厳格だと評判です。その実力を披露する晴れ舞台では、一際大きな賞賛を受けています。 |
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立川市獅子舞芸能保存会が舞やお囃子を奉納する諏訪神社の例大祭は、毎年8月28日に直近の金〜日曜日に行われています。 |
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江戸時代から続く獅子舞は、幅広い年代の住民に支えられて存続しています。保存会の会員の中には50年以上のキャリアを誇る人も。
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迫力満点の天然理心流撥雲会の演武。天然理心流の木刀は、かなりの重量で、使いこなすためには日頃からの鍛錬が必要です。 |
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真剣を使った演武は、幕末の新撰組の活躍を彷彿とさせます。演武を見たことがきっかけで、稽古に通うようになった人も。 |
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真剣を使った試し切りを披露。その太刀さばきを見ると、天然理心流が実践のために発展してきた剣だということが実感できます。 |
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