プラッツでは、立川を中心に、こどもたちに健康で文化的な生活環境を提供する活動を行っており、最初に立川駅西側の地下道を1999年から2003年まで、4年の年月をかけて地元の児童や生徒たちと一緒に大きな壁画を仕上げました。 「ただ落書きを消して、壁をきれいに塗りなおすだけではダメなんです。また新しいキャンバスを提供してしまうようなものですからね。子供たちが一生懸命に書いたアートの効果は絶大でした」 |
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そのときの実績が高く評価をされ、今度は立川市から立川駅東側の地下道の壁画製作依頼が来たのです。「暗くて怖いと評判の東の地下道を変えられるのならと、今度は多くの美大生たちが集まってきてくれました。立川にある美大受験の予備校生や、近隣の美大生たちが、120名以上もの仲間を集めてきてくれたんです」 |
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とはいえ、すべてが順調だったわけではありません。立川市の予算だけでは修復工事しかできないので、地元の商店街からもご協賛を頂いたり、いろいろ工夫をしながら道具などを揃え、半年近くも企画会議を重ねてきたといいます。 |
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「狭い地下道なので、作業中は全面通行止めにする必要があり、その手続きや近隣の方へのあいさつ回りなど、やることがたくさんあり、しかも市の公共事業としての作業は、分らないことばかりで大変でした。でも市の方も熱心で、一緒に地元の方への挨拶回りをしてくださったりしたんです。実際に壁画をどんな絵柄にするかということは、デザインからすべて大学生たちに任せました。作業ができるのは平日だけと限られていたので、壁画を描きだしてからは正味15日間ほどで、集中して作業して仕上げたんですよ」 |
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壁画アートが完成すると、道の様子は一変し、誰もが安心して通れる明るい地下道になりました。地元の方からも多くの感謝の声が寄せられたそうです。 |
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西側、東側両地下道の壁画製作に関わった方にも話を伺いました。「西側の地下道のときは、まだ中学生だったので『地域のために』なんてまったく考えていませんでした。美術部で誘われたから行ってみようという単純な気持ちでした。そのご縁で、大学生のときに東側地下道の壁画製作にも声をかけてもらって。お手伝いを続けているうちに『アートを通じてできることがある』とわかり、そうした活動で地域に関わっていこうと考えるようになりました」 |
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自分が制作に携わったものが、地元の人に愛されて利用されているというのは、関わった人すべての大きな喜びになっているのです。現在でも、気がついたところがあれば、当時のスタッフがふらりと出かけて修復しています。みんなが住んでいる愛する町だからこそ、大切に守り続けているのです。 |