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3回目のフィールド試験の初日にはTV局が取材に訪れるなど、ICカード自体が一般的になるにつれて周囲の関心は徐々に高まっていった。そんな中、開発グループに一つのチャンスが訪れた。
1997年、鉄道オペレーション部隊にいた椎橋の下に一つのグループが誕生した。1990年に導入した磁気式自動改札機の耐用年数が2000年には切れ、更新の時期が近づいていたからである。次の自動改札機を磁気式にするかICカード式にするか、検討するためのグループであった。
三木や椎橋たちは3回目の試験の結果を下に技術担当の経営幹部を訪れ、ICカード式自動改札機の導入にむけた検討をはじめるべきだと熱く語った。説明を聞いた経営幹部は言った。「わかった。2000年を目指してやれ。実用化のプロジェクトチームを作って進めろ。」椎橋のチームは6人に増強された。宣伝営業担当、駅社員教育担当、会計担当、システム担当など、社内各部門から精鋭が集められた。
このときのことを三木は、「新たなシステムの導入というものは、いくらそのシステム自体が優れたものであっても、社内はもちろんのこと、世の中の動向や、ご利用されるお客さまの意識など、すべての“タイミング”がそろわないと実現しないものだと身をもって感じた。」と回顧している。
椎橋の号令のもと、開発メンバーの総力戦がはじまった。メンバーは実用化に向けて残されたハードルを一つ一つクリアしていった。ICカード式出改札システム導入の効果を語り、何度も議論を重ねた。椎橋たち技術者たちの情熱は、ついに会社の経営陣を動かした。 |
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