佐倉の秋祭りで感じる江戸の粋

かつて江戸の東を守る要として栄えた城下町の佐倉市。文明開化とともに城をはじめとする多くの江戸文化が失われましたが、市民の手で守られた文化もあります。それが300年以上の伝統を誇る佐倉の秋祭り。豪華絢爛な大神輿や江戸から受け継いだ勇壮な山車、賑やかな御神酒所(踊り屋台)の曳き廻しが随所で行われる北総の秋を彩るお祭りをご紹介します。

城下町の佐倉で300年続く江戸の祭り

東京駅から電車にゆられて1時間ほど。成田空港行きの総武線快速に乗れば、佐倉駅まで乗り継ぎなしで行くことができます。

佐倉の秋祭りは、この地域の総鎮守として地元民から「まかたさま」と呼ばれる麻賀多(まかた)神社の五穀豊穣を願う祭礼を母体に育まれました。祭りのメインを飾るのは、金箔で彩られた麻賀多神社の大神輿。千葉県内でも最大級の大きさを誇るこの大神輿は、1700年代に江戸から職人を呼び寄せ360両もの大金をはたいて新調されたもので、初日と最終日に麻賀多神社の氏子である鏑木青年会に所属する20 歳前の男子によって担がれます。安定した十字棒と違い、前後2本の二天棒の大神輿は担ぐ人数が限られるため、棒が肩にずっしり食い込むタイプ。その重さを振り切るように、「明神さらば久しい! さらば久しい! さらば久しい!」と3回唱え、気持ちをひとつに大神輿を担ぎ切る若者たちの勇姿を是非体感したいところです。

祭りのスタートは麻賀多神社の境内から。伝統ある大神輿を前に、白丁に身を包んだ若者たちの顔にも緊張の色が走ります。

秋空に向かってそびえる山車が城下町の狭い道を行き交う様子も、この祭りの見どころのひとつです。日本武尊(やまとたけるのみこと)や関羽、石橋(しゃっきょう)といった江戸時代の能や歌舞伎で人気を博した人形が直立する山車は、日本橋近辺で実際に曳き回されていた本物を修復しながら利用しているという江戸型山車。当時の名工が手がけた人形や、江戸城の城門を潜るために台座が上下するからくり仕掛けなど、江戸っ子の心意気を感じられる要素が満載です。

祭り中日のハイライトは、お祭り広場で山車を前に行われる女性だけの総踊り。山車は昨年からもう一基復活し、全部で4基の山車が街中を練り歩きます。※写真は今年3月に行われた城下町400周年記念イベントの総踊りの様子。

山車が氏神の依り代だとしたら、屋台はお囃子で神をもてなすところ。佐倉ではこの屋台を「御神酒所」と言い、各町内で保存されている15基が祭囃子をのせて町内を曳き廻されます。城下町を練り歩く大神輿がこの御神酒所の前にくると、担ぎ棒を屋台に「差す」動作をするのが佐倉の秋祭りの習わし。提灯のあかりが美しく映える夕刻から夜にかけて見たい祭りの1シーンです。

「えっさのこらさのえっさっさ」の掛け声が響く中、屋台同士がギリギリの角度ですれ違う瞬間は、とてもスリリング

道沿いに明治や大正の頃に建てられた建造物が点在する静かな新町通りは、祭りの当日になると屋台が沿道に立ち並ぶ華やかな目抜き通りに変貌します。祭りを訪れる人々は3日間でのべ26万人。混み合う通りを江戸囃子の流れを汲む佐倉囃子に身を任せそぞろ歩くのもよし、屋台ごはんを楽しむもよしです。

多くの人で賑わう新町通り
幻の緑茶をランチで楽しむ
これが幻の佐倉茶。自然な甘みが楽しめて、すーっとのどを潤す美味しさです

明治時代にこの地で旧佐倉藩士が始めた緑茶の生産。「佐倉茶」と名付けられたそのお茶は、茶葉の旨みや甘みを引き出す火入れに定評があり、一時期は海外にまで輸出されていた日本を代表する銘茶でした。しかし、佐倉の土地はお茶の栽培に適さなかったため、大正期になると佐倉茶は廃れてしまいます。その佐倉茶を現代に復興するのが、新町通りに本店を構えるお茶の老舗、小川園です。ここの2階にある喫茶処「茶粋心」では始まったばかりの茶畑で収穫し、伝統技法で製茶した希少な佐倉茶を味わうことができます。

ちなみに、秋祭りの期間にびゅう旅行商品を利用すると、茶粋心でこの日だけの特別メニューを楽しむことができます。メインのおでんは、秋祭りの時だけ店舗前で販売される隠れた名物で、お茶に合う濃いめの味付け。そのほかに千葉産の具材をたっぷり使ったおにぎり2種と箸休めの小鉢2種に佐倉茶を使った寒天や白玉あずきの甘味がつきます。あれこれつまみながら銘茶をすすれば、会話にも花が咲きそう。

秋祭りの時期だけの特別メニュー

茶粋心は、文明開化後に和洋折衷が進んだ時代の空気を感じられるインテリアも魅力。店舗2階の住居を改装して喫茶室にしているため、家でくつろぐような心地よさが感じられます。

新町通りに面した落ち着いた個室
床の間の花も洗練されています
江戸や明治の文化にどっぷり浸れるスポットも

祭りが始まるのは15時から。その前に足を伸ばしてみておきたいのが、平成28年に認定された日本遺産の構成文化財です。
佐倉城址の麓にある3棟からなる武家屋敷群は、土塁や生垣に囲まれた防御の造りが特徴的。材料、規模ともに必要最小限に作られた母屋からは、質素倹約で過ごした藩士の暮らしぶりが伝わってきます。

旧河原家住宅
武士の精神を象徴する甲冑も展示

サムライの古径・ひよどり坂

旧堀田邸は、最後の佐倉藩主で明治に伯爵となった堀田正倫の邸宅。自然の地形を活かし、借景を取り入れるなどのこだわりが光る和洋折衷の庭園に純和風建築の母屋が復元されています。西洋化がめざましい明治期でありながらも、純和風の堅牢な木造住宅を建てた旧藩主の思いがこもった建物です。

旧堀田邸
庭園に面した渡り廊下も広々

江戸と密接な関係にあった佐倉は、長崎に次いでいち早く蘭学が開花した場所。新町通りの外れにある佐倉順天堂記念館は、江戸末期の1843年に佐倉藩主から招聘された蘭医の佐藤泰然が、西洋医学による治療と医学教育を行った施設。順天堂大学病院の前身にあたり、ここから排出された人材により近代日本の医療の礎が築かれました。館内では明治期の医療器具も見られ、黎明期の外科手術の様子を伺い知ることができます。

佐倉順天堂記念館
室内も一般公開されています

江戸や明治の空気を感じられる佐倉の街で育まれた秋祭り。地域に密着した祭りならではの熱気に触れて、パワーもしっかりもらって帰りましょう。歩き疲れても、帰りはグリーン車でゆったり。この機会をどうぞお見逃しなく!

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